1依頼目 恋人が欲しい

 のどかな平原、澄み渡る青空、爽やかな春風、戦車に跨り空を飛ぶ魔法使い。そんな昼寝をするのに最高の条件が揃った場所に、一軒の家がある。だだっ広い平原にポツンと建っている。外観はボロボロで、良く言えば人目に付きやすく目印になる。悪く言えばひたすら景観をぶち壊しているだけの凶相の家。こんなものが存在しているだけで、地価は滝のように落ち続けるだろう。
 今にも剥がれ落ちそうで、斜めに傾いた看板には『なんでも解決屋 レナータ』と書かれている。
 看板をよく見ると右下に、
『※解決屋の主は、その日の気分によってやる気があったりなかったりします。予め御了承下さい。また、なんでもだからと無理難題を押し付けるようなら、こちらも徹底抗戦いたしますので、ご理解、ご協力のほどをお願い致します。そもそも、一から百まで人に解決してもらおうってのが大間違いなのよ。自分の頭で考えて判断する。それでもどうにもならないなら頼る……分かるわよねぇ?』
 と、米粒ほどの大きさの文字で付け加えられている。
 
「あの~どうでしょうか?」
 解決屋の中で、一人の小太りの青年が悩み顔で目の前の女性に尋ねる。彼は今日の被害者、もとい依頼者である。テーブルを隔てた反対側には、解決屋の主人のレナータが、ソファーに座りノートパソコンを操作している。目を細め、慣れない手つきでマウスを慌ただしく動かす。
 目星の物を見つけ、依頼者をちらりと横目で見て、
「うーん、こんな人なんかどう?」
 一度伸びをして、依頼者の方へパソコンをくるりと回す。画面には、一人の女性の写真が映っている。
「あぁー、いいですね。一目見て気に入りました。僕の理想にピッタリです。この人は何歳なんですか?」
「享年二十三歳」
「死んでるじゃないですか!」
「ちっ、ダメか」
 レナータは軽く舌打ちすると、面倒くさそうにパソコンの向きを戻す。溜息を吐きながらカバーを閉じ、ソファーにふんぞり返りながら言う。
「今はゾンビとかアンデッドでも恋愛をするらしいじゃない。人の生死にこだわってたら、一生彼女出来ないわよ」
「生きてる人間じゃないなら、それでもいいですよ。……あなたはモンスターと恋が出来るんですか?」
「出来るか! 舐めんじゃないわよ!」
 レナータは急に立ち上がり、袖をまくり上げ食って掛かる。可哀そうな青年は、のけぞって逃げる。あら、ごめんなさいと、レナータは口に手を当て目線を逸らす。その視線の先には、綺麗に磨き上げられた水晶玉が見えた。
「あれ、使ってみるか」
 無造作に置かれていた水晶玉を、これまた無造作に掴み上げて、机の上へとゴトリと置く。
「それはいったい」
「先週商人から買ったのよ。未来が見えるだの、魔法が使えるだの、鉄板代わりに使えて卵が焼けるだのと胡散臭かったけど、ノリと勢いでついね」
 そんな物を買う金があるなら、さっさとこのボロ家を直せばいいのだが、金遣いが荒いからしょうがない。
「一応これで探してみるわ」
「……藁にも縋るみたいな感じですか」
 レナータは心内で、やかましいわと思う。水晶玉に手をかざして集中する。こんなことをやるのは初めてなので、取り敢えず瞑想をするように、呼吸を整え目を閉じ、よく分からない気を送ってみる。
 ――この目の前の冴えない男の彼女は誰が相応しいの?――
 すると、水晶玉の表面がキラリと輝いて、
「あっ、何か文字みたいなものが……」
 依頼者の声に驚き、レナは目をそっと開けてみる。水晶玉には『レナータ・ゼンスハイス』という言葉がくっきりと浮かび上がっていた。
「はあぁー!」
 突如、レナータは雄叫びを上げ、水晶玉をゴミ箱に向けて投げつける。華麗なフォームで手から放たれた水晶は、ゴミ箱を素通りして鋭い音を発して崩れ、見るも無残な姿になる。
「あれ、今、誰かの名前が浮かび――」
「……今日はもう店じまいよ。この依頼はなかったということで、帰りなさい」
 肩で息をしながらそう告げるレナータ。現在の時刻は午前九時。深夜営業をしている酒場じゃあるまいし、いくらなんでも早すぎるだろう。
 急に帰れと言われた青年は、納得いかないようで食い下がろうとするが。
「ちょっと待って下さいよ。恋人を見つけてくれるんですよね!」
「だから、帰れって言ってんでしょうが」
 振り向いた冷酷な表情のレナータに拳銃を突き付けられ、慌てて退散していく。撃たれまいと、ゴミ箱やら植木鉢をなぎ倒しながらドアまでたどり着き、ドアノブを捻ったところで、恐る恐る背後を見る。
「あ、そうそう。さっき言った、モンスターと恋ができるか云々かんぬんだけど、イケメンなら考えてやらないこともないわ」
 去っていく友人に一声かけるような口調の、解決屋の主の姿があった。
 
「やっぱり商人から買う物なんて、ロクなもんじゃないわ。今度シメるか」
 レナータは数年ぶりに腕を振り上げて全力投球したせいで、肩にピキーンと電気が走り、苛立った様子だ。しかし、時間が経つにつれ勢い余って追い返したことを後悔し始めている。これは依頼者に対する申し訳なさからではなく、評判が下がったら仕事が減ることの心配からである。
「……メルゥーネに恋人になってもらうか? いや、まだ子供だから……」
 次に同じような依頼者が来たとき、今回と同じ轍を踏まないように対策を講じようと、ぶつぶつ独り言を言う。頭の中で誰か適当な候補がいないものかと、渋い顔をして考え込む。この手の依頼は全部断るか、と思っていたところにドアが開く。
 解決屋唯一のアルバイトである、メルゥーネ・タコランが出勤してきたのだ。先ほど挙げた、恋人第一候補でもある。
「おはよう。って、何これ? 猪でも暴れた?」
 元気よく挨拶をして、室内の惨状に固まる少女。ズレた丸眼鏡を直して、リュックを背負い直す。
「メルゥー、あんた彼氏いる? 当然いないわよねぇ」
「何? 藪から棒に。普通にいるけど。それより、片付けるね」
 メルゥーネは質問を軽くあしらうと、荷物を置いてレナータの前を通り、掃除道具を取りに行く。「うわぁ、水晶玉割れちゃってるよ」と呟きながら、テキパキと片付けていく。
 レナータは質問をしたままで固まっている。
 ――は? 今アイツいるって言った? 十四歳のガキの癖に? 二十八歳の私を差し置いて?
「おい……。あんた、いつからよ……」
 家中に響き渡るようなドスの効いた声を聞いて、メルゥーネはびっくりして塵取りを落とす。せっかく集めたゴミが散乱する。
「いつから彼氏いんの?」
「せ、先月に告白されてからだけど……」
 ダメなのかな? と困惑気味で言葉を返すメルゥーネ。
「へぇ、どんなこと言われた?」
 レナータの興味は、告白の言葉に移り鬼の威嚇が鳴りを潜める。山の天気の如く、変わりやすい感情である。
「えっとね、『メルゥーネ、君のような女性と生涯をずっと一緒にいたい。隣にいてその笑顔を見ていたいんだ』って言われちゃった」
 メルゥーネは、告白されたことを思い出して頬を赤らめる。どうやら両思いだったようで、足をバタバタと動かし、心底嬉しそうである。またさらにゴミが散乱する。
「ストレートねぇ。私なら、恥ずかしくってそいつを便器に頭から叩き込んじゃうわ」
「どうしてそうなっちゃうのか分かんないんだけど」
「言っとくけど実話よ、これ」
「ホントにやったの!?」
 メルゥーネは作り話じゃないって、やばいわという風にドン引きする。
 レナータは遠い目をして、昔を懐かしむ。やんちゃしていたあの頃は、本能に身を任せやりたい放題の限りを尽くしていた。実に若かったと。今でも割と暴君なのだが、本人はそう思ってはいない。昔と今を比べたら、レナータ的には鉄パイプで暴れる暴走族から、族車に乗って教えを説く聖人君子に成長しているらしい。よく分からない例えだ。
 メルゥーネはこれ以上レナータの話を聞きたくないのか、話題を変える。
「今日、お客さんが来てたよね。ここに来るときに出てくるのが見えたんだけど、何の依頼だったの?」
「――あの人、私の彼氏になりたいみたいだったみたいで。強引だったから断ったのよ」とレナータは、自分の都合のいいように話を作り替える。
「じゃあ、レナに告白!? それはまた可哀そうに……」
 メルゥーネの可哀そうは、どちらに対して言っているのかは分からない。
 掃除を再開しようとして、ふと、疑問に思い
「ん? まさかね」とメルゥーネは、そんなことはないだろうと首を振って塵取りを手に取る。
「あら、察しがいいわね。あいつを便器に叩き込んだのよ」
「うえぇぇふぅえぇっ?!」
 彼氏が聞いたら幻滅しかねない素っ頓狂な声を上げるメルゥーネ。それでも塵取りを落とさなかったのはよく頑張ったと言えよう。
 メルゥーネをからかってスッキリしたレナータは、来客に備えて気分を入れ替えるため軽い体操を始める。流石に今度の依頼者は、追い返すわけにはいかないと気合十分だ。
 
 だが、この日はもう誰も来ることはなかった。