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 目の前には魔物の群れ。
 五体の戦闘用魔導人形。その数は、ベテランの冒険者でも、パーティを組まなければ対処する事すら難しいと言われている。

 怖い。今すぐ逃げ出したい。涙が出そうになる。
 こんなもん、拳銃貰っただけの、ただの町娘が立ち向かう敵じゃない。
 有り得ない非日常の光景に、手足が震える。
 冒険者ギルドで変な依頼受けなきゃ良かった。


 それでも。
 私の後ろには、まだ幼い子供たちがいる。
 泣くのを必死でこらえ、身を寄せあうチビ達がいる。
 肝試しで足を踏み入れた館に潜んでいた、この表情のない魔物たちは、この子達にとっては悪夢そのものだろう。


 守りたいものがある。助けたい人がいる。
 そして、借り物とは言え、この手に戦うための力があるのなら。


 私が退く事は、有り得ない。


 そこら中に散らばった鏡の破片に、私の姿が映し出される。
 長い黒髪、黒眼。華奢で、小さな背。自分で見ても頼りなく見える。
 だからこそ、虚勢を張り、笑う。


 腰のホルダーから紅白の拳銃を取り出し、胸元にチェーンでぶら下げた|指輪《相棒》に、一言だけ告げる

「リング!」
「――|Sakura《サクラ》-|Drive《ドライブ》 |Ready《レディ》.」

 聞きなれた中性的な声。頼れる相棒の言葉に、応える。


「|Ignition《イグニション》!」


 トリガーワードと共に、私の小さな身体から、膨大な桜色の魔力光が溢れ出す。
 風に流れる黒髪を照らすように舞う、勇気をくれるいつもの光景。
 恐れが消えていく。戦意が高揚していく。

 切り替わる。日常から、非日常へと。


「さあ、踊ろうか」


 薄紅色を|靡《なび》かせ、構える。
 腰を落とし、左手は前に、右手は肘を上に逆手に顔の横に。
 いつもの戦闘スタイル。
 既に慣れきった、戦うための動作。


 一体の魔導人形が襲いかかってくる。
 それに釣られるように、残りも一斉に駆け出してきた。

 振り下ろされる無機質な拳。
 軌道を読み、銃底で打ち逸らす。
 衝撃で腕が外側に跳ね上がり、無防備となった胸元に銃口を向け、|薄紅色《サクラ》の|弾丸《ブレット》を撃ち込む。
 その流れのまま蹴り飛ばし、敵を足止めする。

 二匹目、三匹目。同時に振り回される拳
 地を舐めるように屈み、避けると同時に両手で射撃。
 近接距離から放たれた魔弾は、意図も容易く敵を撃ち抜いた。

 大きく踏み込み、回転。突き出された腕に頬の薄皮を削られつつ、接近。
 低い体勢のまま敵の足を蹴り払い、よろめいた所に蹴り上げ。
 踵が顎を蹴り抜き、魔導人形の動きが一瞬止まる。
 その隙を突き、両手で銃撃。乾いた音ともに、火花を散らして後ろ向き倒れ伏す。

 その後を追うように、加速する。
 後ろ足で地面を蹴り、そこで生まれた力を逃さず、突き進む。

 回転、遠心力を破壊力に変え、最後の一体の頭部を打ち抜く。
 ぐらりとふらついた魔導人形を前に、再度回転。
 くるりと身を|翻《ひるがえ》し、その腹を蹴り飛ばす。
 その体が地に着く前に照準。狙い違わず頭を撃ち抜いた。


「リング。敵影は?」
「――検索:敵性反応無し。殲滅を確認」
「了解。状況終了」

 拳銃をホルダーに戻す。

 身に纏っていた桜色が霧散し、乾燥した空気に溶けて行った。



 ああぁぁぁ!! めっちゃ怖かったぁぁ!!
 人形、無表情で怖いわ! カタカタ鳴らしてんじゃないわよ!
 てか、ほっぺ! 血ぃ出てんだけど! 痛みはそこまで無いけれども!


「あの……お姉ちゃん? 大丈夫?」
「ん? あー、まあね。アンタらも怪我はしてない?」
「大丈夫! ありがと!」

 うん。ちゃんとお礼を言えるのは偉いぞ。
 頭を撫でたげよう。よしよし。

「よっしゃ。じゃあ帰るぞー。着いてきなー」
「あ、でも……僕たち、お金払えないから……」
「あん? |報酬《感謝の言葉》ならもうもらったわよ。それよりさ」

 アイテムボックスから、作り置きしておいたチキンカツサンドを取り出す。
 
 醤油ベースの甘だれに漬け込んで、しっかり二度揚げしたサックサクなチキンカツと、新鮮なレタスをこれでもかと挟み込んだ一品だ。
 タルタルソースを中に仕込んであるので、ボリュームがあるのに爽やかに食べられる。


「ほれ、飯だ飯。美味いもの食べて笑ってりゃ、大体の事は何とかなんのよ」

 一人一人に手渡しながら、ニカッと笑顔を見せる。

「美味しいは正義だからね!」


 これは、一人の平凡な町娘が。
 数奇な運命に翻弄されながらも。
 借り物の力を手に、日々を過ごして行く物語。