私は今、玄関に続く廊下で赤く染った刃先を顔に向けられていた────
私の家は汚く、ビールの缶やお弁当のゴミなどが散乱している。
リビングの角やキッチンにはゴミ袋が何個もあり、生ゴミの匂いが充満している。慣れていない人が来たら鼻が曲がってしまうだろう。
簡単に言えばゴミ屋敷だ。
電球はもう切れそうなのか先程からチカチカと音を立て点滅している。
私に包丁を向けている人は、破れている赤いワンピースを着た髪の長い女性だ。服の隙間から見える肌は痛々しく腫れていたり、タバコを押し付けられた痕もある。
長く黒い髪は乱れており、少し異臭を感じる。もう何日もお風呂に入っていないのだから仕方がない。
「貴方さえ居なければ……、貴方さえ……」
そう繰り返し呟いている。
いつも同じ言葉を繰り返している。でも、今日は少し違う。
包丁はいつも向けられているから驚きはしないけど、何故か私は床へ仰向けに倒されていた。そして、その上には女性が跨っているのだ。それだけではなく、女性は包丁を持っていない方の手で私の首を掴んでいる。
その手の意味はおそらく逃げないようにだろう。
心配しなくても逃げるなんてことはしないし、出来ないよ。だって、私の足は片方〈切り落とされて〉しまっているから。
足からの血が止まらない。久しぶりに痛みも感じるし、血が流れ出ている感覚もある。でも、動くことなんて許されないし話すことも出来ない。
そんなことをしてしまえばこれだけでは済まないかもしれない。
理由は分かんないけど、目の前の人は私の事を毎日毎日、蹴ったり殴ったりする。それだけではなく、ご飯もろくに与えてくれない。いつもお腹が空いていた。でも、それだけならまだマシだった。
1週間に1度、髭を生やし何も感じない黒い瞳の男性が、気だるげに土足で家へと上がってくる。
その人物を確認した女性は毎度「貴方のせいで私の生活はめちゃくちゃよ!! 早く死んでちょうだい」と口にしているのだ。
男性はその言葉をかけられた瞬間、女性をたくさん殴り気絶させた後、タンスやお財布の中にあるお金を根こそぎ持っていく姿を何度も見てきた。
そして、そういう日は必ず女性は目を覚ましたあと、私の髪を乱暴に引っ張ってお風呂へと突っ込まれる。
私は1ヶ月に1.2回しかお風呂に入ることが出来なかった。だから、お風呂に入れるのは嬉しいと感じるのが当たり前だと思う。でも、私はお風呂に入るのは正直嫌いだ。
理由は──
『がはっ……、ごぼっごほっ!』
お風呂に入ると必ず服を無理やり脱がされ、赤黒く腫れているお腹や腰、掴まれた痕がある首などが顕になってしまう。
そして、シャワーを顔に無理やりかけるのだ。鼻に水が入り息ができない。でも、それを言ったらもっと酷いことをされてしまうため我慢するしかなかった。
そんな日々が続いていたからどんな事があっても我慢だけは出来るようになった。でも、どんなに我慢できるからって意識は勝手に遠のいてしまう。
もう目の前の女性はぼんやりとしか見えない。
「貴方さえ……、なんで貴方が私の子なのよ。ふざけるんじゃないわよ……。なんで、私は辛い思いしてまで貴方を産まなければならなかったの!?」
女性はそう叫び包丁を振りかぶった。次の瞬間、私の右腕に鋭い痛みが走った。
「いっ!!」
思わず顔をゆがめ声を出してしまった。だが、それを消すほどの悲痛の叫びが家の中に響き渡る。
「いらないいらないいらないいらないイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ……………」
そう呟きながら目の前の人は、左腕、お腹、右肩と次々に刃を突き刺してきた。
「痛い!! やめて!!」
体の至る所が痛くなり何度も何度も叫んだ。でも、やめてくれることは無かった。
視界には赤い液体が舞っており、耳はグチャッ……ベチャッ……という肉が切れる音でいっぱいになる。
だんだん意識が薄れ痛みも感じなくなってきた。
辛い、悲しい、いやだ……
「ごめ……、な……さい」
私は涙を浮かべ最後の力を振り絞り、赤く染った視界の先にある女性に謝罪した。
私がこの世に出てから6年、誰にも望まれないまま、気付かれずにこの世から消えた。
死因は、母親からの育児放棄と虐待だ。
これが私の人間だった時の記憶。
そして、今の私は人間ではなく────
私の家は汚く、ビールの缶やお弁当のゴミなどが散乱している。
リビングの角やキッチンにはゴミ袋が何個もあり、生ゴミの匂いが充満している。慣れていない人が来たら鼻が曲がってしまうだろう。
簡単に言えばゴミ屋敷だ。
電球はもう切れそうなのか先程からチカチカと音を立て点滅している。
私に包丁を向けている人は、破れている赤いワンピースを着た髪の長い女性だ。服の隙間から見える肌は痛々しく腫れていたり、タバコを押し付けられた痕もある。
長く黒い髪は乱れており、少し異臭を感じる。もう何日もお風呂に入っていないのだから仕方がない。
「貴方さえ居なければ……、貴方さえ……」
そう繰り返し呟いている。
いつも同じ言葉を繰り返している。でも、今日は少し違う。
包丁はいつも向けられているから驚きはしないけど、何故か私は床へ仰向けに倒されていた。そして、その上には女性が跨っているのだ。それだけではなく、女性は包丁を持っていない方の手で私の首を掴んでいる。
その手の意味はおそらく逃げないようにだろう。
心配しなくても逃げるなんてことはしないし、出来ないよ。だって、私の足は片方〈切り落とされて〉しまっているから。
足からの血が止まらない。久しぶりに痛みも感じるし、血が流れ出ている感覚もある。でも、動くことなんて許されないし話すことも出来ない。
そんなことをしてしまえばこれだけでは済まないかもしれない。
理由は分かんないけど、目の前の人は私の事を毎日毎日、蹴ったり殴ったりする。それだけではなく、ご飯もろくに与えてくれない。いつもお腹が空いていた。でも、それだけならまだマシだった。
1週間に1度、髭を生やし何も感じない黒い瞳の男性が、気だるげに土足で家へと上がってくる。
その人物を確認した女性は毎度「貴方のせいで私の生活はめちゃくちゃよ!! 早く死んでちょうだい」と口にしているのだ。
男性はその言葉をかけられた瞬間、女性をたくさん殴り気絶させた後、タンスやお財布の中にあるお金を根こそぎ持っていく姿を何度も見てきた。
そして、そういう日は必ず女性は目を覚ましたあと、私の髪を乱暴に引っ張ってお風呂へと突っ込まれる。
私は1ヶ月に1.2回しかお風呂に入ることが出来なかった。だから、お風呂に入れるのは嬉しいと感じるのが当たり前だと思う。でも、私はお風呂に入るのは正直嫌いだ。
理由は──
『がはっ……、ごぼっごほっ!』
お風呂に入ると必ず服を無理やり脱がされ、赤黒く腫れているお腹や腰、掴まれた痕がある首などが顕になってしまう。
そして、シャワーを顔に無理やりかけるのだ。鼻に水が入り息ができない。でも、それを言ったらもっと酷いことをされてしまうため我慢するしかなかった。
そんな日々が続いていたからどんな事があっても我慢だけは出来るようになった。でも、どんなに我慢できるからって意識は勝手に遠のいてしまう。
もう目の前の女性はぼんやりとしか見えない。
「貴方さえ……、なんで貴方が私の子なのよ。ふざけるんじゃないわよ……。なんで、私は辛い思いしてまで貴方を産まなければならなかったの!?」
女性はそう叫び包丁を振りかぶった。次の瞬間、私の右腕に鋭い痛みが走った。
「いっ!!」
思わず顔をゆがめ声を出してしまった。だが、それを消すほどの悲痛の叫びが家の中に響き渡る。
「いらないいらないいらないいらないイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ……………」
そう呟きながら目の前の人は、左腕、お腹、右肩と次々に刃を突き刺してきた。
「痛い!! やめて!!」
体の至る所が痛くなり何度も何度も叫んだ。でも、やめてくれることは無かった。
視界には赤い液体が舞っており、耳はグチャッ……ベチャッ……という肉が切れる音でいっぱいになる。
だんだん意識が薄れ痛みも感じなくなってきた。
辛い、悲しい、いやだ……
「ごめ……、な……さい」
私は涙を浮かべ最後の力を振り絞り、赤く染った視界の先にある女性に謝罪した。
私がこの世に出てから6年、誰にも望まれないまま、気付かれずにこの世から消えた。
死因は、母親からの育児放棄と虐待だ。
これが私の人間だった時の記憶。
そして、今の私は人間ではなく────