第1話 緊張の喫茶店で

 今私は、白いカップに入った珈琲に口をつけた。最初の一口は火傷をしないように慎重に口に注ぐ。最初に珈琲の温度に慣れてしまえば、後はゆっくりと同じペースで飲めば良い。何も難しいことはないのだ。そして今私の目の前には、私には不釣り合いであろう容姿端麗な女性が座っている。歳は私と同じ二十二歳。私は先日人生一大の大勝負に出て、彼女をデートに誘った。彼女は小さく笑って「いいですよ」と言ってくれた。そして、今日がそのデートなのである。告白せねば、早く告白せねば、と心の中で何度も言っているのだが、中々口から出ないでいた。
 ――彼女もまた、珈琲を飲んでいるのだが、彼女の前で舌でも火傷でもしてしまえば面目が立たない。こんな小さな事を必死になって考えているとは彼女は思ってもいないだろう。彼女は涼しい顔をしながら私と同じブラックを口に注いでいる。
「今日――」
 彼女が口を開いた。余りの緊張からか、体がビシリと音を立てて硬直したかのように思えた。彼女にその違和感を感じ取られはしていないだろうか。私は気が気でなかった。
「――今日は何処へ向かいましょうか。私、直人さんが行きたいところに行きたい所存でして」
「は、はい。そうですね……。この辺りでしたら、『中ノ森公園』という大きな公園があります。桜の名所でもあります。この時期ですから、人は多いかもしれないですが、きっと綺麗な桜が見れると思います」
 口を開いた本人ですら、気持ち悪さが伝わるような早口で言ってしまった。彼女は珈琲に口をつけたまま頷いていた。季節は春。窓の外から見える景色はのどかで、私の周りだけ時計の針が高速で動いている錯覚に陥りそうだった。そもそも桜の名所など、方向性として少し渋すぎたかもしれない。
「いいですね。是非行きたいものです」
 予想外にも、彼女は瞳を輝かせながらこちらを見つめた。そんなに見ないでくれと心の声が外へ漏れそうになった。その時丁度、雲から抜け出した太陽が、窓から差し込み彼女を照らしあげた。
「あの、どうかされましたか? 珈琲が冷めてしまいますよ」
 ぼんやりとしていた私を慮ってか、彼女は私の珈琲を指さして言った。私は所詮は恋愛初心者。こんな私では駄目だろうと思って声を掛けた彼女がこんなにも簡単にデートに来てくれるとは、まだどこか夢ではないのかと思っていた。
「あ、あぁ……すいません。今飲みます」
 果たしてこんな心境で桜の名所を案内することが出来るのか。私は慣れないブラック珈琲を飲み干した。