1章 水嶋ミカ

「好きです。付き合ってください」
我ながらストレートすぎたかな、と思いながらミカは告白した相手を見つめた。
長野タケル。学年一の陰キャと言われている男。
「あの、付き合って欲しいんだけど」
なかなか返事をしない相手に焦れて返事を催促してみるものの、長野は何も言わない。じっとうつむいて、手に持ったノートを握りしめている。
「だから、あのさ」
「ひ」
ひ?・・・・・・待ってみるが、その先を言ってくれない。促さないといけないのか。イライラする。でも仕方ない。
「なに?付き合ってくれるの?」
「人違いだと、思います」
人違い。そんなわけないだろう、目の前にいて喋ってるんだから。
しかし長野はそれだけ言うと、ミカをかわして教室に入ってしまった。
失敗だ。まさか。
でもそれが事実だ。
プライドを打ち砕かれ、軽くめまいを覚えた。どうしてこんなことになったんだろう。ミカはぼんやりと数日前のことを思い返した。

「はあ!?まだ処女なわけ?」
「バカ、声が大きい」
放課後の教室で、ミカは友人3人でおしゃべりをしていた。
「ミカちょん可愛いのに、彼氏もいないよね?」
「それにまだヤッたことないってマジ?」
「だから、大きい声出さないでよ。ちょっとタイミングが悪かったっていうか」
よくある恋愛トークで、今日はミカが話の的になってしまった。
恋愛経験がほぼゼロと言っていいミカは、普段こういった話では聞き役に徹しているのだが、今日はちょっとしくじった。
「もうこれはさ、強化するしかないよね」
「だね、恋の強化月間っしょ」
ミカをおいて、二人は盛り上がっている。
恋の強化月間・・・・・・悪い予感がする。
「決めた!ミカちょん、長野に告白しな!」
「は!?」
唐突に言われてぎょっとする。長野?あの陰キャの?
「なんでよ。よりによって長野」
長野はミカと同じクラスの男子で、クラス一、いや学年一の陰キャと言われていた。
いつも長い前髪で顔を隠しているのでルックスがわからない。
背は高い方だが、猫背でもったいないことをしている。
声を聞いたことはほとんどなく、友達がいる様子もない。
「練習だよ。長野なら失敗しないじゃん。ミカちょんフラれるとかないっしょ」
「だからって、そんな好きでもないのに」
冗談で告白するなんてごめんだった。
ミカは長野のことを別にどうとも思っていなかったが、静かでおとなしいだけで陰キャ扱いされて、からかいの対象になっていることに少し同情していた。
その長野に対して、好きでもないのに告白するのは、自分もからかう側になるようで嫌だった。
「やだよ、やらない」
この話はこれで終わるかと思ったのだが、エリがまだ言い募った。
「じゃあ私の彼氏の友達、ミカちょんのこといいって言ってるんだよね。付き合ってみたら?今メールする」
「なんで、やめて!」
「だってミカちょん、一生処女でいいわけ?そんなん大事にとっとくもんじゃないよ」
「エリの彼氏と友達ってちょっと怖いんだもん・・・・・・」
「じゃあ長野に告ってみなって。オトモダチからでさ!」
「なんでそうなるのよー・・・・・・」
結局、告白してみることで話がまとまってしまった。
もっと強く拒否すればよかったのだけど、友達のノリを壊すのも怖くて受け入れてしまった。
そうして、廊下から教室に入ろうとする長野を呼び止めて告白したのだった。

「人違いだと、思います」
そう言って長野は猫背をもっと丸めて、ミカの横をすり抜けて教室に入ってしまった。
遠目から見守っていたエリとシオンは目を見開いて、信じられない、という顔をしている。私だって信じられない。
私もどこかで思っていたのだ、長野が私をフるはずがないと。
嘘の告白をすることでからかう側になるようで嫌だ、なんていい人ぶっていたけれど、いざフラれてみると長野にたいして怒りがふつふつと湧いてくる。
長野は私に告白されて舞い上がるものと思い上がっていた。とんだお笑い種だ。
エリとシオンが私を囲んだ。
「燃えるじゃん」
「は?」
「ミカちょんをフるなんて長野、やるじゃん」
「ミカちょん、こっからが勝負だよ」
二人は私をおいて勝手に盛り上がっている。嫌な予感がする。
ここからが勝負?もう終わりだ、こんな茶番は。
「長野とまずは仲良くなることからいってみよ」
「私らサポートするから」
話がまた妙な方向に行ってしまう。もう嫌だ、という気力もなくその場はそれで話が終わった。どうせ二人のことだ、この場は盛り上がっていても、すぐ忘れるだろう。
そう思った私の見込みは、非常に甘かった。