第一章 二話《魔法の条件》①

人々にとって世界とは、六つの町で完結した一枚の大地の名称である。故に世界とは惑星では無く、宇宙ですら無い。
第1の町 《サブリエ》───魔法が作られた町にして、唯一魔法の使用が許可された町。世界の中心部で、若者たちの憧れの場所。魔法に関する全ての知識は門外不出である為、一度サブリエへ踏み入れたが最後外部への脱出は不可能となる。仮に成功したとしても生涯お尋ね者の運命を辿る事となり、暗殺部隊 《ラモール》に追跡され発見次第殺害される。
第2の町 《モーントル》───サブリエを囲むドーナツ状の町であるが故に、サブリエへ向かう際には必ずモーントルを通り過ぎる事となる。サブリエには近いものの魔法の知識を持つものはおらず、サブリエに次いで栄えている。
第3の町 《アントンポレル》───廃墟の村。千年間は人間が住んでいないため、魔獣の住処・毒性の霧が蔓延している等の噂話が横行しているが、真実は不明。また太陽の光が届かないので常に夜である。西の村。
第4の町 《アボンティエール》───他の町と二日間の時差がある不思議な町。
外部からアボンティエールへと足を踏み入れると、そこは二日前のアボンティエールという事になる。原因としてはかつてサブリエの脱走者が魔法でこの現象を生み出したと言われているが、真実は定かではない。北の町。
第5の町 《クレプスキュル》───太陽柱が存在していて、アントンポレル以外全ての町に光が行き届く様になっている。常に気温が高く、そこら中に噴水が設置されていることから《噴水の町》と呼ばれる事も多い。東の町。
第6の町 《パンデュール》───六つの町のうち最も田舎と言われている町。サブリエの住人の半数以上が元・パンデュールの住民であるとも言われている。南の村。
人々は上記六つの町を時計版に見立て、惑星でも宇宙でもないこの世界に《C.Hearts─クロック ハーツ─》と名前を付けた。


──2話 魔法の条件──


「ハイそこまで」
白髪の青年・モネの両手が乾いた音でゼラに「テスト」終了を促した。彼がテストと称して行っていたのはゼラの「魔力の最大値」の測定である。サブリエに住む魔法使いでさえ日常的に行うことの無い行為だが、それをモネはゼラに強要した。どう見ても無茶ブリである。
「はぁ…っ、はぁ……言われた通りやったけど。どう?」
「いやぁビックリ。君ホントに魔力ゼロなんだ」
「最初にソレ言ったよねわたし!?」
手元の魔力測定器《はかるくん》をブン投げる。しかしそれはモネが首を傾げる事で空を切り、向こう側の壁で粉々になった。
「しっかしコレは確定だ。ゼラ、君は」
モネのそれはまるで大人が子供を叱る前の表情。そんな真剣な表情からどんな言葉が吐き出されるのか、ゼラは生唾を飲んで受け止める準備をする。そして、
「魔力がない」
「うっさいわバーカ!」
ゼラは再三告げられた最悪の事実を受けてオーバーキル、腹いせに投げた所で外れると分かっている椅子をヤケクソにブン投げる。案の定椅子はモネに当たる直前、見えない壁に衝突し派手な音と同時に天井まで弾かれる───これもモネの扱う正体不明魔法。見る度に正体が気になる能力ではあるが、今はそれより優先すべき議論があった。
「なんなの!?ワザと言ってんでしょ!無いって言ってんじゃん魔力!」
「いやいや、この目で確認するまでは判断のしようがないし…気を悪くしたなら謝るよ、ゴメン。ぷくす」
「鼻で笑いながら言うのやめなさいよカス!───それで?やらせたからには何かわかったんでしょうね?」
「正直まだ自信はないけど君には魔力測定器に引っかからない観測不能な何か…現状もう《反魔法》しかないね」
「はん…まほう?」
聞き覚えのない単語だった。パンデュールで暮らしていた頃に、何十冊もある参考書を隅から隅まで読み尽くしたゼラが初めて出会った《反魔法》という言葉。名前に《魔法》と付いている以上、魔法に関係する何かなのだろうが、形を瞬時にイメージするのは難しい。
「反魔法っていうのは理論上どこにでもあるけれど、測定不可能な魔法の事さ。例えば、誰かが火属性の魔法を使ったとする。するとそこには、意識的に作り出した魔法と、ソレを打ち消そうと働く反魔法が生まれる」
「打ち消される…?それじゃ、魔法は消えちゃうんじゃ」
「そう。けれど、その縛りを火属性の魔法なら炎の形の《領域》に閉じ込めることで解消したのが魔術なんだよ。そのための杖さ。今じゃ魔術が魔法なんて呼ばれているけど、領域に閉じ込められないレベルの魔法…《大魔法》は色々と規格外だからね」
「ぐ、具体的にはどんな…?」
「時間操作・事象の改変・死者の蘇生・不死とかなんでもアリ。《領域》に閉じ込められないってコトはつまり、どうしても僕達人間じゃ実現不可能だったってコト。じゃあ、ゼラ。人類で一番最初に魔法を使ったのって、どんな奴だと思う?」
「え…?えっと、それは…」
「答えは───人じゃない。竜を初めとする魔族が始まりだったと伝えられているよ。人はそれらを改良し、魔術とした。それじゃあ、人類で一番最初に魔術を使ったのは、どんな人だと思う?」
「えっと、それは…ひょっとしてモネみたいな研究者…?」
「ブッブーはずれ。答えはまたもや非・人間。今度はなんと…吸血鬼」
種族の名前だけはゼラも聞いたことがある。人の生き血を啜り、ある者は人間社会に溶け込み生活している種族。人の百倍も長い寿命と膨大な魔力・そして生まれつき高い戦闘能力。現在ではその数は減り、たったの22人まで衰退したという。
「その吸血鬼が…魔術の始祖?」
「そ。何故その知識が人に渡ったのかは不明。まぁ、人の姿形で人の言語を扱うくらいだから、人間と仲良くしたかった吸血鬼が教えてくれたんじゃないかな?というか…彼らこそ、生粋の人間なのかもね」
「え?」
「や、なんでもない。話を戻そっか。君の体を駆け巡っている反魔法らしき物質。反魔法で生命の循環が成り立つのか疑問が残るが、反魔法っていうのは《魔法を打ち消すための魔法》だ。つまり魔法の一種。故に、反魔法が体を流れていても循環に支障はきたさないと踏んでいる」
モネからすれば懇切丁寧に話しているつもりであるが、肝心のゼラは途中から話についていけず置いてけぼりを食らっていた。そもそも、1番大事な部分が抜けている。ゼラにとって一番…いいや、唯一聞きたい部分がまだ聞き出せていない。
「ねぇ、モネ」
「ん、なに?」
「わたしの魔法が反魔法なら…一体わたしは、どうしたら魔法が使えるの?」
一般的な魔法使いは《杖》と呼ばれるリング型の魔具を指にはめ込み、魂を体の外側へ行き来させる事で魔法を駆使している。ならば例外中の例外・反魔法はどう発現すればいいのだろうか。
「《杖》を貸すからやってごらん。イメージとしては魔力測定器《はかるくん》の時と一緒。集中するのは指じゃなく心臓。その真ん中に広大な空を作るイメージ」
「え…けど、そんな普通っぽいやり方でいける?わたし超例外なんでしょ」
「さっき説明した通り、反魔法だって《たぶん》一種の魔法には変わりないさ。僕の予想が正しければ、《たぶん》このやり方で魔力放出が起こる筈だ!」
「───ちょっと適当に言ってんな?」
「───カンのいいガキは嫌いだよ」
魔力放出とは、その名の通り全身の魔力を《杖》で吐き出す行為である。魔力適正ランクが高ければ高いほど巨大かつ高出力となり、Aランク以上となれば魔力放出のみで防御・攻撃すら可能となる。
「すー…はー…。…よしっ!」
冷たく無機質なリングを中指にはめ込みガッツポーズで意気込む。集中するのは指先じゃなくて心臓。そこに広い広い、空を広げるイメージ。それは青空では無く、故郷で家族と眺めた煌めく夜空。闇に散りばめられた砂粒の星々。彼女にとって、空といえばそれの事だ。

呼吸を浅く。されど意識は深い所へ。
深海へ至ってもなお、まだ深く───沈め沈め沈め。
幾度と無く闇を潜り抜け遂に暗黒へ至った時、色彩が反転する。
深海の先には満天の星空。
白い夜空に黒く煌めく無限の星々。
「───ウッソだろ」
心象風景に没頭するゼラの唯一の観測者が驚愕の声をあげる。しかしその声はゼラの耳に届くことはない。当然だ。彼女の意識は、たった今無限の星空に囚われているのだから。
《魔力放出》は成功だった。しかし正しい手順は正しい《結果》をもたらさなかった。《反魔法》とは本来概念そのものであり、《存在するが、しかし何処にも存在しない》レベルの矛盾を孕む代物だ。それを放出するとなれば、同時に《吸収》という矛盾で結果を作り出そうとする。即ち、ゼラの魔法は大気に存在する《魔力》───マナを喰らう。大気にマナが無くては、魔法を扱う事はできない。
故に、この魔法の名は《反・魔法─アンチ─》。ゼラはどれ程強力な魔法だろうと、無条件で無力化できる。