第3話

 Sビルを出た私は目の前にある横断歩道信号のボタンを押した。地上にいる人々を凄い圧で見下ろすSビルは何度見ても圧巻される。ここには私が勤めているHF社、大手家電メーカーや出版社が入っており、いつもどのフロアもどこかに明かりが灯っている。元々Sビルはバブル時代に存在していた企業の本社ビルだったらしいが、バブル崩壊後倒産し、複数のテナントが入るビジネスビルとなった。
 青信号に変わったのを確認して私は縞々模様の横断歩道を渡った。六時よりも少し早めに着きそうな勢いではあるが、着いたら公園のベンチに腰かけて暇でも潰そうかと思った。
 夕暮れ時で空はすっかり紫色から藍色へ変わろうとしていた。まだ五月だ。日は大分長くなったが、まだまだ夜も長い。そんな中途半端な五月の終わりに私は大学の親友と飲み交わす。
 私が映画の主人公だったら横顔を撮影されているだろうという、謎に物語の主人公を気取りながら私は歩いた。プライドが許さない訳ではない。HF社に入れただけでもラッキーだと思っている。だが、大学に居た頃はHF社で最先端の事業をやると意気込み、周りに対してもそう言った素振りを見せていた。
 だが現実はどうだ。基礎事務員をこなしている。HF社から見れば私レベルの人間は開発には要らないのだ。上には上がいるという言葉があるが、まさに私の上には星の数程優秀な人が居るというわけだ。
 自信もプライドも驚くぐらい壊された私はすっかり社会の歯車となり、名もなき社会人として上からこき使われる訳か。
 私はとても飲みに行く前に考える事ではない話題を引き合いに出して一人落ち込んだ。落ち込んでいるが、歩みは止めない。たかだか飲みに行く道中だ。少し思いに浸って立ち止まる事ぐらい。と思ったが、ここで止まったら明日から会社へ行く足も止まりそうだと感じ、苦しかったが足を前に出し続けた。
「ITのハイエンド・ファミリーズが、夜十八時をお知らせ致します」
 近くのHF社が所有する、デジタルサイネージが十八時を知らせた。思いをぐるぐる巡らせていたせいか、案外ぴったりに公園に着いた。流石にこの時間帯に無邪気に遊ぶ子供は居なかった。そのせいか、公園にポツっと立っている人影が分かりやすく確認できた。
「志穂! こっちこっち!」
 私を見つけるなり、大きく手を振る人影が見えた。私とまるで正反対のオーラを放つその人影は、待ち合わせをしていた友里恵だった。
「やあ。久しぶりだね」
「元気にしてた? 志穂ー」
 友里恵はこちらへ走ってきて楽しそうに喋った。私は薄笑いをしながらそれに応える。友里恵は何も感じないのか、予約していた店の方へ身体を向けた。私もこんな心持では、友里恵に失礼だと思いなおし、後を追った。