第10話

 署名をすると軒さんは私の名前を暫く見て動かなくなった。再び不安に襲われそうになったが、軒さんはきっと考え事をすると固まりやすい性質にあるのだと心に言い聞かせて動揺しないように意識した。
「署名、確かに確認致しました。では、デジタル・エレメンツ部門について本格的にご説明致します。お手元の資料にも同じ事が書いてありますが、こちらのスクリーンをご覧ください」
 赤い光が消え、部屋が真っ暗になった。すると部屋の奥の壁にプロジェクターの光が投影され、スライドショーが表示されているのが確認出来た。
 神崎さんが移動し、説明を始めた。
「改めまして、デジタル・エレメンツ部門部長の神崎が説明させて頂きます。デジタル・エレメンツは、現実世界では現在二人の社員で構成されている地球保存サービスです。地球保存サービスとは、ある期間の全世界の様子を記録したデータを保存し活用する事を目的としています」
 早速難しい言葉が出てきた。地球保存サービスとは一体何なのか、私は理解出来ない焦りのあまり手を挙げて質問する事にした。
「あの! すいません、地球保存サービスという言葉が良く分からないのですが……」
 すると軒さんが私の視界に入ってきて、私の資料を引っ手繰った。そしてパラパラとA4の紙を捲るとある部分を指差した。
「これが、地球保存サービスの活用例です。こちらを見て頂いた方が分かりやすいかと。──大葉さんには、地球保存サービスをベースにしたフレームワーク、『バックアップ・デジタル・エレメンツ』。通称、『バックアップ』を利用して貰い、過去を塗り替えて貰う作業を行って頂きます」
「えっ、過去を塗り替える? それってどういう事ですか」
「あの、先ほどの同意書読んでいませんでしたか?」
 軒さんの目つきが急激に悪くなった。私は頭の中で同意書の文章を思い出した。
 ──非現実的事象への理解と守秘義務。
 つまり、過去を塗り替えるという作業が非現実的事象に該当し、それを飲み込まないといけない部門であるという事なのか。
 というより、過去へ行けるシステムが開発されているならば、ノーベル賞級のとんでもない発明だと思うのだが、何故表に出ていないのだろう。
「す、すいません。つまりは地球保存サービスを利用したバックアップという技術で私は過去へタイムスリップし、過去を塗り替え未来を変えるという事ですね?」
「その通りです。飲み込みが早いですね、大葉さん」
 神崎さんが拍手をしながら私の発言を讃えてくれた。軒さんは無言に頷くと私の視界からは居なくなり、《《定位置》》へと戻った。
「実は、大葉さんを新しく入れたのには訳がありまして。結構長期間バックアップに居て貰わないといけない案件があるんです」
「長期間?」
「はい。あ、大事な事を言い忘れていました。バックアップには重要な制限が課されていましてね。生きている人のバックアップを取得する事は出来ないのです。
 つまり、亡くなられた方の死亡日から一年前までのデータを保持する地球保存サービスが、バックアップなのです」
「はい?」
 私はまたもや理解に苦しむことになった。