第11話

 バックアップについて、色々と話を聞いたが、結局複雑過ぎて私の頭は溶けてしまいそうだった。軒さんも神崎さんも私の理解力の無さに呆れてしまい、説明をするのを止めてしまった。
「まあ兎に角ですね。やってみてから考えますか」
「そうですね」
 神崎さんと軒さんは共にため息をついてスライドを切った。再び赤いライトが壁を間接照明の如く照らす。軒さんが私の方へと向かってきて、こちらをじっと見た。
「あの、バックアップにアクセスするにあたり、貴重品類を全てこちらで預かる決まりになっております。こちらの貴重品袋にスマートフォン、財布、その他身分証明が出来てしまうものはこちらに入れてください」
 灰色の不織布のような生地で出来た袋を差し出された私は困惑を隠しきれなかった。デジタル・エレメンツの部門について殆ど理解が出来ていない状況で、貴重品や身分証明書までもを取られるとは、いくら大手IT企業HF社内だとしても流石に怖い。
「ちょっと待ってください。流石に貴重品を取られてしまうのはちょっと……」
 私は軽く笑いながら必死に抵抗しようとした。手元からスマートフォンが無くなるのはいくらなんでも痛手過ぎる。誰とも連絡が取れなくなってしまう。
 すると軒さんがため息をついて口を開いた。
「バックアップで身分証明や現実世界とやり取りが出来るものを携行されると、非常に危険なんです。貴方自身がバックアップ内で時間の歪みに巻き込まれて一生元の世界に戻れなくなる可能性だってあるんですよ。──大丈夫です。貴重品はHF社の金庫で厳重に保管されます。ここはHF社を信用して下さい」
 軒さんの言葉には重みがあった。バックアップとかいう得体の知れない世界に一生置き去りになるなんてまっぴら御免だ。私はこれも何かの試練だと思い、ポケットからスマートフォンと財布を取り出し、貴重品袋の中へそっと入れた。
「ありがとうございます。向こうの世界でお金は全てHF社から支給されます。バックアップにはスタッフが常駐しているので、もし何かあればこちらの専用回線から連絡してください」
 軒さんから会社所有のスマートフォンを渡された。なるほど、これで現実世界と連絡が出来るという訳か。と徐々に軒さんの言葉に納得していっている自分が怖くなってきた。
「では、これから入眠室へご案内致します。システムのインストールの関係で入眠後最低でも六時間は起床する事が出来ません。起床後バックアップへのコネクトが完了し、貴方はバックアップでの生活を送る事になります」
「分かりました」
 やっぱり良く分からないが、分かりましたと言う事にした。こうして、私は入眠室へと案内される事となったのだった。