第12話

 入眠室と呼ばれる部屋は非常に薄暗かった。病院のベッドのような簡素な寝具の後ろには巨大なコンピュータがいくつも組み合わせっており、画面には私は到底理解出来なさそうなアルファベットの羅列が織りなされていた。
「ここで、寝るんですか?」
「はい。そうです。寝てください」
「は、はい……」
 私はまるで未来の寝室かのようなこの部屋で寝る事になった。次起きる時は一体いつになるのだろうか。暫くの間現実世界と別れなければならない。入眠室の無機質な感じがどうにも馴染めない所があるが、寝てしまえばそんな事も関係ないのかもしれない。
「それでは、おやすみなさい」
 軒さんは私が仰向けになって寝たのを確認すると、部屋から出て行った。ブーンとコンピュータからでる鈍い稼働音が頭に残る。だがこの部屋、不思議な事にみるみる内に眠くなっていくのだ。一体何が起こっているのか。
「大葉さん、聞こえますか。只今入眠剤を噴射しています。部屋の中から出たり、起き上がったりしないでください」
 神崎さんの声が天井に固定してあるスピーカーから聞こえた。なるほど、この部屋に特殊なガスを噴射して私を眠らせようとしているのか。ある意味怖い事ではあるが、これも仕事の内だと言い聞かせて私は目を瞑った。

 私の人生って一体何なんだろう。HF社に入って基礎事務員をして、デジタル・エレメンツという謎の部署へと異動になった。こんな人生、誰が予想出来ただろうか。私が思い描いていた人生はもっと華やかなものだった。過去自分が未来を知る事が出来るなら、私は違う人生を歩めと絶対に言い聞かせるだろう。

 頭の中で様々の事を考えていると入眠剤が効いてきた。頭がくらっとして地面よりも奥深い所へ落ちていくような感覚に襲われた。これから現実世界ではない、データの世界へと私はいざなわれる。こんな事が実際に起こるなんて、科学技術の進歩は凄まじいものだと私は心の中でそっと思った。