第13話

 目覚まし時計の音がした。しかしながら、私が全くを持って聞いた事が無い目覚まし時計の音だった。
「あれ、私昨日デジタル・エレメンツで……」
 そうだ。私はデジタル・エレメンツという部署内で入眠剤を噴射されて眠らされていたんだった。もう、朝なのか。私はゆっくりと、ゆっくりと目を開いた。
「あれ……」
 そこは見知らぬ天井だった。私はゆっくりと首を動かして左右を確認する。私が全くをもって知らない誰かの部屋だった。明らかに私の部屋ではない。
 というよりも、私は昨日デジタル・エレメンツ部門にある入眠室で眠ったはずだ。そうであるなら固い病院室のベッドに薄暗い部屋でなければならない。こんなまるで、女子高校生が住んでいそうな部屋に居るはずがないのだ。
 そうこうしている内に目覚まし時計が草臥れて止まった。
「ここどこ!?」
 私は寝ぼけていた頭が徐々に冴えわたり、状況のおかしさにやっと気づいた。ここはどこだ。私は何故この部屋にいる。というか、この部屋はどこの誰の部屋だ。
 その時勢いよく部屋の扉が開いた。あまりの荒っぽさに思わず「ひぃっ」と変な声が出た。
「こら! あんたまだ寝とんの? 学校遅刻するよ! ほら起きた起きた!」
「が、学校?」
「何寝ぼけた事言っとんの? 今日月曜日でしょ。今日から新学期が始まるから嫌だとか、自分で言ってたでしょうが」
「ちょっと待ってください。ていうか、貴方は誰ですか?」
「はい? 美香今日ベッドから落ちて頭でも打ったの? 私は貴方の母親ですけど。まだ寝ぼけてんの? 下に朝ごはん出来てるから早く降りてきなさいよ!」
 バタン! という強烈な音で再び扉が閉まった。暫く部屋が静寂に包まれる。私は心臓がバクバクして言葉が何も出ない。ミカ? 私の名前は美香っていうのか。
 いや違う違う。私は大葉志穂だ。それにあの人が母親なわけがない。私の母親はあんな扉を乱雑に閉めたりはしないはずだ。顔も全然違うし。
「あ! スマホ」
 私は咄嗟にアラームを奏でていたスマートフォンを引っ手繰った。そうだ、昨日軒さんから渡されたスマートフォンだ。私は私である事を確認するために内カメラを立ち上げて自分の顔を映し出した。
「え……?」
 だが、そこに映し出されていたのは私の顔ではなかった。私よりも髪が長く前髪をぱっつんにした姫カットの女子がそこには鮮明に映し出されていた。
「なんじゃこりゃあ!!」
 私は勢い余ってベッドから転がり落ちた。そのまま先ほど母親と名乗る女性が入ってきたドアを突き破る様にして開けて階段を一気に駆け下った。一階フロアに到着した私は勢い余って滑りこけたが、台所と思わしき場所に目掛けて私は突っ走った。
「すいません! 私の名前って、大葉志穂ですよね!」
 私はぜいぜい息を切らしながら先ほどの女性に確認しようとした。女性は味噌汁を注ぐ手を止めてこちらを見るなり呆れた顔をして「はあ?」と言った。
「あんた今日おかしいよ。あんたの名前は美香。桜野美香。私の娘なんだから間違い無いわよ。──ほら、制服に着替えてきな! いつまでパジャマで居るわけ」
「え、ええええ!?」
 私はその場で絶叫した。一体どういう事なのか。でも確かに顔は私では無かった。私よりもうん十倍可愛らしい顔をしている。悔しい。
 いやそんな事はどうでもいいんだ。私は一体どこにいる。再び私は階段を駆け上り先ほどまで寝ていた部屋へ突っ走った。
 すると部屋では勢いよくスマートフォンが鳴っていた。どうやら何者かから着信が来ていたようだった。
「もしもし!」
『あ、起きていましたか。入眠剤の影響で寝坊しない様にモーニングコールを入れたつもりだったのですが、心配なさそうですね』
 声の主は軒さんだった。私は人生で初、軒さんの声を聞いて安心した。昨日までいた世界と繋がれた様な気がしてほっと胸を撫でおろした。
「心配なさそうなわけないじゃないですか! 一体ここどこですか? 私が桜野美香っていう女子になってるんですけど! 顔も違うし、一体これは!」
「あの落ち着いてください。それが、バックアップというものです。貴方はこれから暫くの間バックアップの世界で桜野美香として、生きて貰わなければなりません。桜野美香は本来であれば既に亡くなった人です。貴方は今、バックアップという過去のデータの中に居ます。スマートフォンの日付を確認してみてください」
「日付?」
 私は耳からスマートフォンを話してカレンダーを見た。──そこには、2019年と書かれていた。
「今年って2020年ですよね?」
「その通りです。ですが、貴方がいる世界は過去のデータなので、2019年の春という事になっています。桜野美香は2019年の秋に電車で飛び込み自殺を行い亡くなります」
「え?」
「驚くのも無理ないでしょう。ですが、これが事実です。貴方がいる2019年春はまだ桜野美香が生きている時代です。貴方の任務はただ一つ。桜野美香の自殺を食い止めてください」
 私は、頭が大混乱して失神してしまいそうになったのだった。