第17話

 昼食の時間になったここ小野浦高校で私は、びくつきながらも一人で黙々と弁当を食べていた。先ほど私の所へ来ていた元気な生徒も近づいてはこなかった様で、安心していた。
「このご飯、美味しいな」
 桜野のお母さんが作ったご飯はとても美味しかった。ドアを豪快に開けこちらを存分に驚かせた人間にしては、繊細な味がするなと思った。
「私は一体何目線で話してるんじゃ」
 私は独り言をブツブツ言いながら白ご飯を口に頬張った。その時、机の中に置いておいたスマートフォンがブンと音を立てて震えた。私は口に食べ物を運んでいた途中だったが箸を置き、スマートフォンを確認した。
 見ると軒さんからの電話だった。
「もしもし」
『高校生に戻った気分はどうですか。満喫していますか』
 相変わらずの無機質な声に私はもう驚かない。軒さんの性格を徐々に把握してきていた。
「満喫とは程遠い所にいますよ。いきなり何なんですか。私の身体はすり替わっているし、人間関係も全く分からない。このままじゃ、業務を遂行出来る気がしないですよ」
『無理もないです。バックアップについての知識も無いに等しいままアクセスしたのですから。ここまで来たら、習うよりも慣れろ、ですよ』
「軒さん……」
 軒さんの言葉はどこか他人事の様に聞こえたが、私は大きく首を横に振ってそんな事は無いと思いなおした。
『昼休みの内にチュートリアルを進めたいのですが、良いですか』
「いいですけど。チュートリアルって何するんですか?」
『主に裏口の確認と、お金周りについてです』
「あの、裏口って何ですか?」
『現実世界とバックアップ世界を直接結びつけている、非常口のようなものです。もしデータが破損し、バックアップから緊急脱出をしなければならない時使います』
「なるほど」
『ではまず、東棟三階の女子トイレへ行ってください』
 私は開いていた弁当を閉じ、鞄へ入れると指示通り東棟三階へと向かった。まだ昼休みという事もあって、廊下には沢山の生徒たちが出て談話している。私もいつかは馴染んで談話出来る日が来ると信じ、一歩一歩進んでいた。
「あっ!」
 その時、階段から勢いよく降りてきた別の女子生徒と肩が思い切りぶつかった。私は少しよろけたが何とか体制を保った。だが、ぶつかってきた本人は盛大に階段の踊り場で四つん這いになっていた。
「あ、えっと大丈夫?」
 私の今日の目標は「不要な会話を避ける」だ。だが、人とぶつかってしまったなら仕方が無い。私は四つん這いになっている女子生徒に声を掛けた。
「あ! あ! 桜野さん! すいません!」
 どうやら四つん這いになっていた原因は床に落ちた眼鏡を探していたからだったみたいだ。眼鏡を掛けなおして私の方を見たその子は私の名前を知っていた。
「あの、大丈夫だった? その怪我とか無い?」
「あ! いえ! 大丈夫です! では、私はこれで!」
 女子生徒は私に半分怯えているようにも見えたが再び勢いよく階段を降り始めどこかへ行ってしまった。
「私、そんなに怖いか?」
 私は首をかしげながら残り数段の階段を上ったのだった。