第20話

 女子生徒は桜野の部屋の中に入ると、ぴっちりと扉を閉めた。そして、こちらを見るなりニコニコと笑いながら一礼した。
「急に申し訳ございません。私、ハイエンド・ファミリーズ社のデジタル・エレメンツ部門電脳エンジニア課の荒川と申します。今後、大葉志穂さんのバックアップについてサポートさせて頂きます。何卒宜しくお願い致します」
「えっどういう事ですか?」
 私は急展開すぎる状況が飲み込めないでいた。
「説明すると長くなるのですが、私は地球保存サービスの運用・保守を行っているエンジニアでして、今回大葉さんがバックアップにアクセスして桜野さんの自殺を食い止める任務を任されていると聞きまして、上司の軒先輩から命令されたので来たという次第です」
「軒さんの部下なんですか? その高校生の姿はどうやって……?」
「我々電脳エンジニアは、地球保存サービスに時空の歪みを意図的に作り出して身体を生成しています。なので、大葉さんとは違い荒川の名前で身体を生成しているのです」
「えーっと……。ちょっと待ってください。理解が追い付かなくて……」
「難しいですよね……。軒先輩からの説明も良く分からなかったでしょう?」
「正直、良く分かっていません……」
 私は地球保存サービスが何なのか良く分からないでいた。また、荒川さんが軒さんの部下である事に驚きを覚えた。
「軒さんが上司って事は、軒さんもエンジニアなんですか?」
 私が聞くと荒川さんはゆっくりと頷いた。
「バックアップは地球保存サービスを利用したフレームワークですが、そのバックアップのプロトタイプを作ったのが、軒先輩です。つまり、軒先輩が居なければバックアップはこの世に生まれる事が無かった──所謂生みの親です」
「凄い方なんですね……」
 私は驚きの余り、質問しようとしていた事を全部忘れてしまいそうになった。軒さんは凄く人間味の無い人だと思っていたが、一種の天才であるが故に人格的に欠如した人なんだろうと思った。
「それで、軒先輩から一つ頼まれていまして。お金の件なんですが」
 そういえば、バックアップのチュートリアルを進める時に、お金の件も話したいと言っていた気がする。私はなるほどと思いながら、荒川さんの話を聞いた。
「HF社からの通達で、大葉さんには一日五千円支給する事が決まりました」
「高校生でそんな大金使いますかね?」
「桜野美香さんについて、色々と調べて貰いたいとの事で、その際に遠出する事もあるかもしれないので、一日五千円との事です」
「調べるって何をですか?」
「それを考えて貰う事もバックアップの一環です。──取り敢えず今日の分、渡しておきますね。今後は学校でお渡しします。毎日桜野さんの家に行くわけにもいかないですから」
 荒川さんはニコッと笑うと私に五千円札を渡してきた。
「あ、因みになんですけど、私も二年七組なので、何か困った事があったら話しかけてくださいね」
 それは心強い。何も知らない私にとって、安心材料だった。