第22話

 次の日、私はスマートフォンのアラームに叩き起こされた。時刻は六時三十分。私は強烈な眠気と共に起床した。
「眠気もデータなのかな……?」
 私は独り言を呟きながら制服に袖を通した。私は桜野美香、私は桜野美香っと。
 暗示をかけるかのように私は心の中で繰り返し唱えたのだった。
「お母さんおはよう」
「おはよう」
 私は桜野美香の母親にお母さんと言ってみた。これも一歩成長したと思った。自分が桜野美香になりきっている事に一種の感動を覚えた。こうやって自分の置かれた立場を受け止めていくしかないと思った。
「ご馳走さまでした。じゃあ、学校行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
 私は身軽な身体を動かして、玄関を出た。社会人になって高校生になりきって仕事をするなんて、思ってもいなかったが、これはこれで面白いと思った。それにこの世界は所詮はデータだ。昨日の荒川さんの話が本当なら、荒川さんが「マージ」しない限りは現実世界に影響はない。つまり、多少失敗しても現実に即座に影響が出る事は無いのだ。

「おはよう!」
 クラスでは、知り合い同士と思われる高校生同士が朝の挨拶を交わしていた。高校生生活二日目だが、私は再び存在感を消すことに意識を集中させた。まだ、小野桜の交友関係が掴めないでいた。全く、軒さんや荒川さんに桜野美香の交友関係を教えて貰えればどんなにいいかと心底思った。
「おはようございます。桜野さん」
 椅子に座って存在感を消していると、私の肩を叩く人物が現れた。恐る恐る振り返ってみるとそこには荒川さんがいた。
「荒川さんじゃないですか」
「昨日ぶりですね。どうですか、小野浦高校は。綺麗で良い高校でしょう」
「確かに綺麗ですが、小野さんの交友関係が見えずに困っていますよ。軒さんは教えてくれないし、困ってますよ」
「私も教えてあげたいぐらいなんですが、異なるバージョンを作る事が目的であるバックアップでは、教えられないんです。ごめんなさいね」
「つまり、似たり寄ったりのパラレルワールドではなくて、全く違うパラレルワールドを作らないといけないから、交友関係も一から作り直せってことですか?」
 私が訊くと、荒川さんはニコッとして「はい、そういうことです」と言った。
「分かりました……。何とか頑張ってみます」
「大葉さんならきっと出来ますよ。陰ながら応援してますので。では、あまりバックアップの事を学校内で話すと、周りから怪しまれちゃうので私はこれで」
 そういうと、荒川さんは自分の席へと戻っていった。私は深くため息をつき、先が思いやられるこの状況に絶望したのだった。