第24話

 私が叫ぶと、いじめていた女子生徒が一斉にこっちを振り向いた。
「あれ、美香じゃん。こいつ、また先生にチクったらしいから、懲らしめてやろうって思ってたとこなんだけど」
「えっ……」
 その女子生徒と口ぶりはまるで、いじめに加担している側にかける言葉の様だった。私は普段この全身びしょ濡れの女子生徒をいじめていたのか。
「あっ……!」
 それに、いじめられている女子生徒はよく見ると、昨日私と階段でぶつかった眼鏡をかけた女子生徒だった。
「美香さん、いつもの一発、お願いしますよ」
 なるほど。さっき担任の先生が言っていたいじめっていうのは、この事なのか。この眼鏡の女子生徒が私とぶつかったとき、怯えているように見えたのにも納得がいった。
 ここで、いじめに加担すれば私も立派ないじめっ子だ。
『桜野さんは高校生です。思春期真っただ中の十代がクラスが変わった事を理由に心機一転クラスでのキャラを変える事など、良くある事だと思いますので』
 私は軒さんの言葉を反芻した。そうだ。桜野美香は高校生だ。クラスが変わってキャラが変わった事にすれば良い。何より、いじめられている女子生徒が過去の自分と重なるような気がして喉が詰まりそうだった。
「何やってるの、あんたたち。そんなにいじめて楽しい?」
「はあ? 何言ってんの。こいついじめようって言い出したのは美香じゃんか」
「違う。もう私は! いじめなんかやらない」
「どういうつもりなんだよ! 美香!」
 いじめていた女子生徒の一人が私に歯向かってきた。私は抵抗せず、右頬を殴られた。
「暴力で私に歯向かうなんて、情けない。──さっき、先生と話してきた。このいじめについて学校側は事態を重く見ている。じきに先生たちから事情聴取されるでしょう。私はさっき先生の前でもういじめはやらないって誓ったの! もうこんなの止めにしよう」
「正義のヒロインぶってんじゃねーよ。──もういいわ、帰ろ」
 いじめていた複数の女子生徒はその場を逃げるように立ち去った。私は逃げていく女子生徒たちを最後まで睨みつけ、見送った。
「あの……。ありがとうございます」
 びしょ濡れになった女子生徒は私の方に向かって深々と礼をした。私は痛む右頬を抑えながら「いやいや」と言った。
「ええっと名前って何ていうの……?」
「えぇっ! 私の名前知らないんですか。この前まで、私の事呼び捨てしていじめてたのに?」
「うっ……。いや、その──今までいじめてたからさ。改めて友達として名前聞いておこうかなって思って」
 女子生徒は少し不審そうな目をこちらに向けながらも、名前を教えてくれた。
「月城ほのかです」
「ほのかちゃん。よし、覚えた。──これから、よろしくね」
 私は手を差し伸べた。握手をして、友達の証をつくろうと思った。
「あっえっと……。よろしくお願いいたします」
 ほのかちゃんは私の手を震えながら握ってくれた。まあ無理もない。この前までいじめていた主犯格に友達になろうって言われたのだから。
「ていうか、そのびしょ濡れの服どうにかした方がいいね。私の体操服貸すから私のクラスまで来ない?」
「助かります……。今日着替えなくて困ってたんです……」
 という事で私とほのかちゃんは階段を上がって七クラスを目指す事となった。