第6話

 昨日は少々飲み過ぎたかもしれない。目覚ましに起こされた私は途端に襲ってくる頭痛に悶えていた。しかしながら、昨日友里恵が言ってくれた話はしっかりと覚えていて、何としてでも今日は中野さんに言ってみようという気持ちに溢れていた。
 今日の朝食はトースターで焼いたパンだ。事あるごとにある受験当日は必ずパンを食べていた。所謂ジンクスというものだ。テレビを見ていると占いが始まったが、運勢が悪いと自信を失いそうだったのでチャンネルを変えた。
「今日は絶対うまくいく」
 私は心の中でガッツポーズをしながら玄関のドアを開けた。

 オフィスに着いていつも通りメールを確認していると、珍しく上司である中野さんからメールを受信していた。私はこれは何かの巡り合わせかもしれないと思いながら私はメールボックスを開いた。
【大葉さんへ。本日今後についてお話があります。都合が良い時に私の部屋へ来てください】
 私は二通りの意味を考えた。一つは異動。これは私にとってとてもタイミングが良く、運もついている。もう一つは実質的なクビを言い渡される事だ。現に私がいる部門は私の本望で入った訳ではない。会社からしたら「入れてやったんだぞ」という考えがあり、私が使い物にならかったらいつでも切るつもりなのだろう。
 私は一瞬身震いがしたが、平静を保つべく大きく深呼吸をした。
「これも何かの運だ」
 私はひたすらに目の前にある書類をこなした。今日はいつもよりも丁寧に、いつもよりも集中して業務を遂行した。
「大葉さん。この書類もついでにやってもらえる?」
「もちろんです」
 私は自分でも良く分からない感情が湧いてきて、凄まじいスピードで書類を捌く事が出来た。エンターキーを叩き、升目を次々に下へと進める。心臓の音と同期するかのように数字の合計が出て行く。
「──さん? 大葉さん」
 私はあまりにも没頭している余りか、私が呼ばれている事に気づいていなかった。私が振り返ると、眼鏡を掛けた例のベテラン事務員さんが立っていた。
「中野さんが部屋の外で待ってるよ。もうお昼だし、行ってみたらどうかね」
「あ、すいません。ついうっかり……」
 私は集中のあまり時間の経過を無視していたようだ。自分の中では小一時間経っていたつもりだったが、周りの世界は既に十二時を過ぎていた。
 私は鞄に貴重品等を入れなおすと、席を立ちあがった。席を立ちあがった瞬間埃が天井から落ちてきて、少し落胆してしまったが今はそれどころではない。中野さんから呼ばれた本当の意味を知る必要がある。
「大葉さん。健闘を祈る」
 ベテラン事務員さんはグーサインを送ってくれた。