第7話

 中野さんの表情は思いのほか不安を感じさせるような顔つきだった。まるで、怖いものでも見たような顔つきになっていて、些か私にもその不安が伝わってくる。
「中野さん。あの、お話って……?」
「ここでは話せないんだ。兎に角私の部屋に行こう。話はそれからだ」
 中野さんはそう言うとくるりと向きを変えて歩き出した。私は尚更不安に駆られた。先延ばしにされる時の心情はたまらないものがある。
「一体何が起こるんでしょうか……?」
「それは、これから説明するよ」
 中野さんの社内書斎に私は通された。部屋には大量の本があった。主に事務処理関係の本であり、それ以外に目立った本は無かった。
「随分脅した様な感じになってしまったんだが、君に辞令が出ている。──つまりは部署異動って事になるね」
 その瞬間私はほっとした。HF社を出ずに済むと思うと心が穏やかになったような気がした。「実は私も今日言おうと思っていたんです」なんて事は絶対に言える状況では無かった。これは友里恵が運んでくれた運だと思いながら、友里恵に内心深く感謝した。
「それで、異動先の部署って言うのは……」
「デジタル・エレメンツ部署だ。ここに君は異動になる。今日の昼休みが終わった後、いつでもいいとの事だったが、一度顔を出してくるといいよ」
 中野さんはそう言いながら若干声が震えているようだった。何故そんな声になっているのか、私は知る由もなかった。
「でも、何でこんな急に異動が決まったのですか」
 友里恵のお陰だと喜んでいたが、現実は絶対にそうではない。私は素直に自分の疑問を中野さんにぶつけることにした。質問はどんなに些細な事でもするべきであると、私の経験則が言っていた。
「実は、これは会社として謝らないといけないんだけど……。大葉さんの就職部署を人事が取り違えて基礎事務部門に入れてしまったんだ。本来はプロダクト開発部志望だったんでしょ?」
「私も言わなかったのがいけなかったんですが……。実はそうでして」
「だよねぇ。本来ならここでプロダクト開発部に入れるのが筋だと思うんだけど定員が一杯でね……。そしたら、デジタル・エレメンツの方々が是非その子が欲しいと言ってきてね──」
 私は気になる所が沢山あってどれから話そうか迷った。デジタル・エレメンツとは一体何をする部署なのか。名前から見当がつかない部署等、早々無いのだが、今回のデジタル・エレメンツ部門に関しては私の辞書のどこにも引っかからなかった。
「あの、デジタル・エレメンツ部門とは、何をする所なのでしょうか」
 迷ったらすぐ質問。これが私のポリシー。
「それは、私の口からは言えないんだ。この会社の心臓部にあたるからね。デジタル・エレメンツのお陰でここの会社は莫大な利益を得ている。──まぁ、行ってみたら全てわかると思うさ」
 そういうと中野さんは立ち上がった。どうやら、話は終わりのようで私もつられる様にして席を立ち外へ出た。廊下は昼休みという事もあって多くの社員の往来があった。急に現実の世界へ戻ってきた様な気がして妙な安心感を覚えた。