第2話

 絶望と胃痛に耐えながらも仕事を何とかこなしていた私は、気が付けば入社して一か月が経っている事に感動していた。業務内容は流石に分かってきていて、一応定時で上がる事は出来ていた。
 元々大学でパソコンは講義内でもずっと使っていたため、入力スピードは遅い方ではなく残業せずに済んでいるという側面もある。
 しかしながらこの部屋は埃っぽくていつも咳き込んでしまうというのが少々難点ではあった。書類が山積しているせいで掃除が難しいというのは分からなくもないが、些か限度を超えた綿埃が天井から落ちてくる時は悪寒がした。
 念のため言っておくが、ここはSビルである。一流企業が集うSビルだ。だが何故ここまで埃が舞っているのだ。Sビルに入るテナントとして誇りは無いのだろうか。等という邪推をしつつ、作業に取り組む余裕は出ていた。
 これまた頭に埃を被った時計を見てみると午後四時を指していた。今日も定時で上がれそうだ。そう心で密にガッツポーズをしながら私は残りの書類に目を通し始めた。
 そんな時、私のスマートフォンに懐かしい名前が表示された。
【大森友里恵 さんから新着メッセージが 1件 あります】
 私は周りの目を気にしながらも素早くスマートフォンの画面をタップしてメッセージを開いた。大学の卒業式で撮ったであろう写真がアイコンのメッセージウィンドウが開く。友里恵は大学時代の親友であり、共に同じ業界を目指した仲間でもあった。Sビル近くのITベンチャーに勤めているという話は聞いていたが、詳しいところまでは知らなかった。
 メッセージの内容は仕事上がりの一杯を一緒に呑もうというお誘いだった。私は定時で上がれる事を確信していたため、直ぐに承諾のメッセージを送った。こんな薄暗い部屋で埃を吸い続けているからきっと喉に埃が溜まっている。それを早くビールで流し込みたいという気持ちが一気に強まった。
 五時になったと同時私は席を立ち、オフィスを出た。エレベーターに乗り込むとスマートフォンで改めて友里恵にメッセージを送った。
【午後六時に、近くの公園で】
 向こうも定時上がりだったのか、返事はすぐに返ってきた。「OK!」というシンプルな返事だった。
 しかしながら私には気がかりな事があった。私がHF社へ入った事を友里恵は知っている。恐らくプロダクト開発部門に所属し、バリバリ働いていると思っている。だが恥ずかしながら現実はかけ離れたものである。さて、どう説明しようか。
「何でこうなるかなあ……」
 Sビルのエレベーターは遅い。いつまで経っても一階に着かない。私はエレベーターの壁にもたれかかり、大きなため息をついた。