一人目 小野悠翔

「ご飯を食べて、学校に行って、友達と会って、笑って、遊んで、お風呂に入って、眠って、そんな風に過ごしたい」
 君の望んでいた、普通の生活だ。

   ◇

 サイレンの音が暗くなった街中に鳴り響いてる。
 人身事故により、電車が遅れるというアナウンスが駅のホームに流れた。
「ふざけんなよ」
「人の迷惑を考えられねーのかよ……」
「死ぬなら勝手に死んでくれ」
 苛立ちを隠せない人達。そこに、誰一人死んでしまった人間の気持ちを考える者などいなかった。
 一時間くらい待っただろう。電車が復旧したとの事だった。人間一人の死体などたった一時間で処理できてしまうらしい。
 電車が警笛を鳴らしながら駅のホームに近づいてきた。
 段々と近づいてくる光を見ていると、電車に引き込まれる様な感覚がする。
 鼓動が速くなる。
 世界から音が消える。

 もし……ここで1歩踏み込んだら……


「線までお下がりください」
 耳元で叫ばれたかのような爆音で、突如世界に音が戻った。僕はそれに驚き無意識に一歩下がった。
 電車は既に目の前に止まり、扉が開こうとしていた。僕は、後ろの人に押されるようにして電車に乗りこんだ。
 電車の中は暖房がついていて、外気との差で窓は曇り外は見えない。
 電車の上から吊るされていた興味のない広告を見ながら、事故にあった人の事を考えた。

 自殺……だったのかな。
 どれだけ苦しんだのだろうか。
 どれだけ辛かったのだろうか。
 どれだけ傷ついたのだろうか。
 どれだけ考えたのだろうか。
 どれだけ迷ったのだろうか。
 どれだけ頑張ったのだろうか。

 そんな事は本人にしか分からないんだ。
 止める権利なんて誰にもないんだ。
 生きようとしている者に『死ね』と言うことは 罪だ。

 なら逆は?

 死にたい人に『生きて』って言う言葉は、受け取る側からしたら『苦しみ続けて』ってことなんだ。

 生きて欲しいなんて言葉は本人を無視したただのエゴだ。

 そんな事を言っても、結局まだ生きてしまっている僕に、自殺した人の気持ちなんて分かるわけが無い。
 ……大切な君のことすら分からなかったのだから。

 これ以上考えてしまわないようにスマートフォンを見る。
 新着メッセージが二通入っていた。
 幼馴染みから彼氏が相手してくれないから飲みに来いとの事だった。急いでくるよう催促するスタンプ付きだ。

 この誘いが二年前から止まったままの時間を動かそうとしていた。
 これは【君を忘れたくない】僕の物語。
 そして【生きた証を残したがった】君の物語。