さらば巨乳。はじめまして神様。①

――――校舎の廊下を走り抜けて。バタバタと慌ただしく階段を駆け降りる。体育館裏への最短ルートを俺は一人爆走する。
 学力、運動神経共に平均を少し下回る冴《さ》えない俺。だが、なんとその俺の手には『木崎《きさき》 俊則《としのり》くんへ』と俺に宛《あ》てられたラブレター。齢《よわい》17。生まれて初めて訪れた人生の転換期。高まる期待に、ラブレターを握る手に力がこもる。
…………でもブスかもしれない。あるいは女友達同士の罰ゲームとか。だったら泣く。
 そんな事を考えて俺の顔が一瞬|曇《くも》る。それでもやはり期待が勝《まさ》った。
 俺はトップスピードを維持したまま玄関を飛び出し、ラブレターに記されていた約束の場所まであと100メートルちょっと。今まで青春とは無縁だった俺の脳裏には妄想が膨らんでは消えていく。そして体育館の角に差し掛かった。そこを曲がれば恋文の相手が待っている。
 いったいどんな子だろう。性格は優しい? 顔はかわいい? バストはGカップ⁉️
 高まる期待に胸を躍《おど》らせて。体育館裏に回った俺の目に、一人の少女の姿が映った。真っ先にまず胸を確認する。
「あ、胸おっき────」
 その時。空が、真っ二つに割れた。割れた空の彼方。そこから黒い雷が降り注ぐ。轟音《ごうおん》と共にそれは俺に直撃。まさに惨劇。ラブレターの女の子を前にして俺は呼吸停止。あえなく俺は、感電死。
『あ、いっけね』
 俺が即死するその瞬間に。割れた空の彼方から苦笑混じりの声が響いてきた。



――――気付くとそこは空の上だった。空の上の六畳一間。空のただ中に畳が浮かび、その上にはちゃぶ台と小さなブラウン管テレビにマンガの並んだ本棚。畳の端には襖《ふすま》が2枚並んでいる。
「いやー、ごめんごめん」
 ちゃぶ台を挟んだ向こうから悪びれた様子のない謝罪が聞こえてきた。その声の主は一見学ランを着たどこにでもいる普通の高校生。そいつは鎖でグルグルにされた宝箱? にもたれている。
「あ、はじめまして。今、神様代理をやらせてもらってるイシガミって言います。そっちの世界だと石上《いしがみ》 直也《なおや》って名前だったよ。よろしくー」
 にこやかに自己紹介するイシガミ。
「……で、単刀直入に言うと僕の過失で君の事殺しちゃった。ほんとごめんねー」
 ちゃぶ台から身を乗り出して俺の肩をポンポンと叩く。ノリが軽い。
「1000年に一度だけ目覚めるはずだったドラゴンがなんか大量発生しちゃって、その討伐で僕の放出した魔力が空間が耐えられる許容量を超えてたみたい。そこの次元が裂けちゃって、次元の裂け目の先がたまたま君の頭の上だったーみたいな」
……何言ってるんだ? こいつ。
 終始にこやかなイシガミとは対照的に、俺は怪訝《けげん》な面持ちを浮かべる。
「だったーみたいな」
 繰り返すなよ。
「まぁ、実際には僕の仲間の撃った流れ魔法が君に直撃したから、僕が直接君を殺したわけではないんだけどね。……じゃあそろそろ本題に入ろうか」
 イシガミが真剣な面持ちで俺を見る。その声音《こわね》は先ほどまでの軽い調子とは違って。その鋭い眼差しを前に、俺はごくりと生唾を飲む。