草原

 ボクは、草原に立っていた。
 どこまでも続くような、広い草原だ。
 そして、なにもない草原。
「ここ、どこだ?」
 ナゼこんな所にいるのか。
 あるいは、何をしにここへ来たのか。
「綺麗な空……。これは、夢?」
 夢のようだが、現実感がある。
 思考が固まらない。
 なにも分からない。
「うーん、どうしよう」
 まあ、分からないなら、考えるだけ無駄だろう。
 とりあえず、今出来ることをしよう。
「頬でもつねるか。……痛い」
 どうやら夢ではないらしい。
 ということは、現実なのか。
「なにか、手がかりは……?」
 見渡してみても、やはりなにもない。
 強いて挙げるなら、芝くらいか。
「記憶、なにか……」
 考えるが、なにも浮かばない。
 記憶を失った感覚。
 記憶に、穴が空いた感覚。
「あるいは、寝てみるか?」
 起きたら戻っているかもしれない。
 試す価値は、あるかもしれない。
「よし、寝よう」
 ボクは、考えることをやめた。


 ボクは、草原に立っていた。
 どこまでも続くような、広い草原だ。
 そして、なにもない草原。
「……おかしいな」
 さっきまでいた場所だ。
 ボクは寝たはずなのに。
「……痛い」
 頬をつねってみた。
 やはり夢ではない。
 だが、起きた訳でもない。
「なんなんだ?」
 分からない。
 分からないことが、分からない。
「……寝るか」
 ボクは考えることをやめた。


 ボクは草原に立っていた。
「だろうな、知ってたさ」
 寝ることで、ここに来る。
 だが、夢ではない。
 ようやく分かった。
「夢と現実の狭間だな、コレ」
 どんな世界か判明した。
 それだけで、それなりの進歩だろう。
「分かったところで、なにもならないな」
 それなりでも、それだけ。
 解決の糸口は見えない。
 他になにか、分かることは。
「空、か?」
 見上げた先は、真っ青な空。
 雲一つない、大空。
 不気味なほど、なにもない空。
「願望、もしくは逃避……?」
 おそらくここは、そんな場所だろう。
 なにかを望んだか。
 もしくは、なにかから逃げて来たか。
「どっちにしろ、ここから出なければ」
 願望なら、現実を見なければならない。
 逃避なら、現実を知らなければならない。
「もう一度だ」
 ボクは、思考を続けた上で、眠りに落ちた。


 ボクは草原に立っていた。
「……ただいま、草原」
 いや、おどけている場合じゃない。
「だんだん、もやが晴れてきたな」
 眠るたび、思考力は回復する。
 記憶の穴も、埋まってきた。
「手紙……。屋上……。」
 断片的にだが、思い出せる。
 しかし、時間軸までは分からない。
「ここに来る、直前か……?」
 記憶の穴。
 推測しか出来ない。
「でも、思い出せた」
 さらなる状況を思いだす。
「少女……。笑顔……。」
 どうやら、告白を受けたようだ。
 我ながら、憎いヤツめ。
「あとは……包、丁……?」

 なにかおかしい。
 非常に不味い気がする。
「なんだ、この記憶……?」
 ありえない。
 有り得てはならない。
 おかしい。
 おかしい。
「まさか、な」
 忘れろ。
 思い出すな。
 誰かが叫ぶ。
「……これは夢だ。夢なんだ」
 ボクは、考えることから、逃げた。


 ボクは、草原に、寝ていた。
 見えるのは、青い空。
 どこまでも続く大空。

「……え?」
 違う。
 ボクは、立っていなければならない。
 何故寝ている。
 何故だ。
「とにかく、起きなくちゃ……っ?」
 動かない。
 体が。
 いや、違う。
 動かせないんだ。
 痛みで。
「なにが、起きている?」
 分からない。
 分からない。
 分からない。
「痛い……傷……?」
 不味い。
 非常に不味い。
「思い、出さないと……」
 だめだ。
 思い出すな。
「記憶、なにか……」
 やめろ。
 なにもするな。
 忘れろ。
「……これは、本当、なの、か?」
 いやだ。
 認めない。
 認めてたまるか。
 まさか、

「ボクは、あの日、屋上で、刺され、た……?」
 ありえない!
 そんなはずはない!
 ボクは、ただの学生だろう!
「あの、少女に……?手紙で、呼ばれた……?」
 止めろ!
 止めろ!
 止めろ!
「笑顔……嫉妬……?刺され、た?落ち、た?」
 違う!
 違うんだ!
 考えるな!
 これ以上!
 これ以上、思い出せば……!

「…………死?」

 嘘だ!
 これは、夢だ!
「痛い……!助け、て……!」
 きっと、夢だ!
 夢なんだ!
「違う……!目覚めて……!真、実、を……!」
 
 ……目覚める?
 生きて、いる?
「……まだ、死んで、ない?」
 そうか。
 ボクは生きているのか。
 夢と現実の狭間。
 そういうことか。
「ならば、真相を……」
 この目で。
 確かめる。
「目覚める、方法……」
 ボクには分かる。
「眠る……!」
 いい加減、夢から覚めよう。
 いい加減、こんな所は飽きた。
「待ってろ、現実。」
 ボクは、考えないことを、やめた。


 ボクは、寝台に寝ていた。
 見えるのは、白い蛍光灯。
 どこまでも窮屈な天井。
「ここ、どこだ?」
 ナゼこんな所にいるのか。
 あるいは、何をしにここへ来たのか。
「病院、か」
 大丈夫だ。
 全て思い出した。
 なにがあったのか。
「屋上に呼び出された。そして刺された」
 痛かった。
 今も痛い。
「結局、なんで刺されたんだ?」
 それだけが謎だ。
 それだけは記憶にない。
 存在しない。
「まあいいや。生きていたんだ。今は、もう一眠り……」

 ──ガチャリ、と。

 扉が開いた。

「…………え」

 立っていた。
 あの少女が。
 笑顔で。
 
 汚れた、包丁を持って。