1話

六月のある日の事。
俺、川嶋湊(かわしま みなと)は大雨の中、一人自宅へと向かって歩いている。
大雨のせいで視界は物凄く悪い。
そんな中、傘を差しながら歩いていると、前から誰かが走ってくるのが薄っすらと見えた。
少し経つと走ってくる彼女がはっきりと見えた。
彼女は全身を雨に打たれながら必死に走ってくる。
そして、彼女が俺の隣を通り過ぎようとした刹那――――彼女が地面に躓き、転びそうになった。
俺は反射的に転びそうになる彼女の腕を掴んだ。

「おい、大丈夫か? 視界も悪いのに走ったら危ないだろ…………ってお前、彼方か?」
「え⁉ 湊くん⁉」

偶然にも、俺が今助けた彼女は同じ学校で俺の隣の席の、桜城彼方(さくらぎ かなた)。
彼方は学校内で相当な人気を誇る美少女。
そんな彼方の隣の席になった俺は、クラスの男子共からめちゃくちゃ鋭い視線を毎日向けられている。

「あ、ありがとう。助けてくれて」
「それは良いが……お前、このままじゃ風邪ひくぞ。家は遠いいのか?」
「うん。ちょっと遠いい」
「そうか、じゃあとりあえず俺の家に来い。直ぐ近くだから」
「で、でも…………」
「いいから」

 そう言って俺は彼方の腕を引っ張り、俺の家へと連れて行った。
 俺の家はここから徒歩3分もかからないくらいだ。

「お、お邪魔します……」
「今風呂沸かすから、とりあえずこのタオルで体を拭いてくれ」
「あ、ありがとう……」

俺は彼方にタオルを渡し、風呂を沸かせた。

「ねぇ、なんでここまでしてくれるの?」
「なんでって、学年一の美少女を見捨てて風を引かせた。なんてことになったらクラスの男子共に何されるか分かったもんじゃない」
「そ、そう……ありがとう」
「それに、ほっておけないだろ。とりあえず着替えは無いから、今着てる服をドライヤーで乾かしてくれ」
「う、うん。分かった」

彼方が風呂に入って温まっている間に俺が服をドライヤーの風に当てておくのも良いが、彼方が俺に服を触られるのが嫌かもしれないしな。
そう言っているうちに風呂が沸いた。

「風呂、沸いたらしいから入ってこい。大丈夫、変な事はしないから」
「へ、変な事⁉ ぜ、絶対に覗いちゃダメだからね! でも、まだ服が乾いてない」
「わ、分かってるよ。服は風呂から出たら乾かせばいいから。ほら、早く入って温まれ」

彼方はまた「ありがとう」と一言言って、風呂に入りに行った。
静かな部屋にはシャワー音が響いている。
良く考えてみれば学校一の美少女を家に招いて風呂に入らせるって結構やばいことしてるんじゃないか?
クラスの男子……いや、学校中の男子が彼方に好意を向けている。そんな彼方を家に招くのは他の男子からしたら重罪だ。
絶対に誰にも知られてはいけない。
彼方が風呂に入って十分くらいが経った頃。風呂から白色のバスタオル一枚のみを身にまとった彼方が出てきた。
 ……もう色々とやばすぎて直視できない。
 
「ど、ドライヤーならそこにあるから。なるべく早く乾かしてくれ」
「うん。…………なんで湊くん、壁見てるの?」
「い、いや。お前のその格好が…………」
「ッ……‼ へ、変な事想像しないでよ!」
「だ、だから早く乾かしてくれって言ってるんだ」
「わ、分かったから。み、見ては良いけど写真撮ったら通報するから」
「撮らねーよ」

 正直めちゃくちゃ撮りたい…………だけど撮ったら間違いなく俺の人生は終わる。
 彼方は手を櫛代わりにして、腰まで伸びた綺麗な髪を丁寧に乾かしている。
 そんな仕草までが絵になっている。
 ドライヤーの音が部屋に響いて数十分が経った。

「い、今から着替えるから。絶対に見ないでね‼」
「わ、分かった……」

俺は再び彼方から視線を壁へと移した。
てか、脱衣所で着替えれば良くないか?

「も、もういいよ」

 彼方がそう言ったので、俺は視線を壁から彼方へと移した。
 
「ありがとう、湊くん。お礼に私ができることならなんでもするよ」
「別にお礼とかそう言うのは良いから。それより他に何かお願いがあるなら聞いとくぞ? 温かい飲み物が飲みたい、とか俺にできる範囲でだけどな」
「なら――――」
 
 彼方は俺の目の前まで近づいてきた。
 ち、近い……てか肌めちゃくちゃ綺麗…………そしていい匂い。
 
「私と付き合って」
「………………………………は?」

 ちょっと待て。今こいつ何て言った? 付き合って? 意味が分からない。

「だ、だから‼ 私と付き合ってって言ってるの!!」
「いや、急に何言ってんだよ。熱でもあるのか?」
「ッ~~~~~!! な、無いよ! 本気で言ってるの!」

本当にこいつは何を言っているんだ? 
本気で付き合ってほしい?
いやいやいや、そんなことありえないだろ。俺と彼方はろくに喋った事も無いのに。急に付き合ってくれなんて絶対にありえない。
 
「い、一応言っておくけど。私から告白したの、これが初めてなんだからね!」
「そりゃお前、モテるから自分から告白なんてしなくても相手から告白してくるからだろ?」
「それでもこれが初めてなのには変わりは無いでしょ!!」
「そう言われてもな……」

 正直こんな美少女からの告白なら喜んで承諾したいが、その瞬間から学校中の男子を敵に回すことになる。
 それに彼方は女子からも結構人気が高い。
 だから一部の女子も敵に回すことになる。…………そんなの勘弁だ。

「断っても無駄なんだからね」
「は?どういうことだ」
「だってもし付き合ってくれないって言うなら、私が学校中の皆に今日、湊くんが私を無理やり家に連れてきてお風呂に入れて、お風呂上りの私を嫌らしい目で見ていたって言っちゃうから」
「情報操作すんなよ……」

でも実際に今のことを彼方に本当に言われたら俺がどれだけ否定したとしても、皆は俺ではなく、彼方の言うことを信じるだろう。
 
「それが嫌なら私と付き合って‼」
「なんでそんなに付き合ってほしいんだよ。お前なら俺より良い男子を幾らでも選べるだろ」
「湊くんだけだったから……」
「俺だけだった? 何が?」

 彼方は小さく首を縦に振って答える。
 俺が一体何をしたって言うんだ。考えてもこの状況になるような事は一切していない。

「湊くんだけが、私に好意を向けなかったから」