8話 千年の闇

ーー空は淀み、時折幾筋もの紫電の光が雲を切り裂く。海は濁り、逆巻く大渦が命を呑み込もうと口を開ける。
そんな、闇が支配する暗黒の大海を進む巨大な黒鉄の戦艦が一隻。
それは、千年の永き時の流れの中でその姿を変化させ続けてきた邪悪の巣窟“魔王城”の姿だった。かつての主を失いながらも、その威容はいささかも失われてはいなかった。
その魔王城の中、三つの影が蠢いていた。それは千年前、リオンを裏切り、魔の者へと堕ちた新たなる魔王城の主、"勇者“の仲間だった。


「先ほど報告を受けた、人間の中に古代魔術を操る者が現れたそうだ」
響くのはすべてのものを押しつぶさんと重くのしかかってくるような声。かつては“重騎士”として魔物と戦っていた男、ドラガンの声だった。
2メートルは優に超えるであろう筋骨隆々な巨躯、魔族特有の褐色の肌、頭部から伸びる二本の角などもはや千年前の面影はほとんど残されていなかった。
唯一、見る者を射貫くような鋭い眼光だけは変わらぬままであった。
「それ、俺たちがわざわざ集まってまで話すような事かよ?」
少し小柄な魔族の少年、千年前は偵察や時には暗殺などを行っていた“盗賊”ハルトが軽い口調でドラガンへと聞く。軽い口調とは裏腹にその声色はどす黒い闇が渦巻いているようだった。
「あらぁ、そんな風に言うものではないわよぉ、ハルト。私たちが永く求めてきた者かもしれないのにぃ」
優しいながらも、氷のような底冷えする冷たさを孕んだ声でハルトを諫めるのは“賢者”として千年前の激戦を戦い抜いたマリーベートであった。
マリーベートの言葉に、気怠げな視線を向けるハルト。
「ふーん、でもそれって確かな情報なの?」
「確実ではない、だが今の世で報告通りの錬度の術式を使う者は奴を置いて他はない」
「魔王はなんて?」
「こちらに任せるそうです。本人ならいずれやって来るだろうと」
「なら、俺が先に見てきてもいい?」


危うげな光を闇で濁った瞳に灯しながらハルトが立ち上がる。先ほどまでの気怠げな雰囲気はどこかへ消え口元には猟奇的ながらも楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「ほんとーに先輩がいるなら顔を見に行かなくっちゃあだろ?」
「ふん、貴様が戦いたいだけであろうに。まあいい好きにしろ」
ドラガンは、半ば呆れつつも賛成した。どうせここで死ぬならそこまでだったということ、本当にリオンであるならば魔王が言うように必ずこの魔王城まで来るであろうと考えた為であった。マリーベートも同様の考えなのか反対はしなかった。
「いいんじゃなぁい、遊び半分のハルトくらいは、軽くあしらってくれないと困るわぁ」


その言葉を聞くが早いか、ハルトはその場から姿を消し一迅の風の矢になって黒雲の空を突き抜けて行った。
「全く落ち着きのない事、ああいった所は昔とほとんど変わらないわねぇ」
マリーベートが嘆息しながら、空席となった椅子を見つめる。
ドラガンはそれには答えず、
「話は以上だ」
とだけ言って部屋を後にした。
(変わらないのは、もう一人も同じねぇ)
呆れたように閉まる扉を見つめるマリーベートだったがその姿はだんだんと薄くなっていきやがて完全に消えてしまい、部屋は静寂に包まれた。彼女の空間転移によるものだった。

今宵も魔王城は荒れ狂う海を進む、野望と欲望を乗せ漆黒の海をーー