11話 VS.ハルト part2

ハルトがおもむろに立ち上がり、どこからか取り出した二本目のナイフの切っ先をリオンへと向け、空を斬る。
すると、ナイフの刃先から空気の渦が生まれ、たちまち真空の刃となってリオンに襲いかかる。

――ギュゥオオオオオオ!!!!!!

すんでのところで回避したリオンの真横を、凄まじい勢いの風が吹き抜ける。
(あと少し反応が遅れていたら、やられていた……)


そんなリオンの様子を、ハルトは楽しそうに眺める。
「ははっ、いいね。流石は先輩、これくらいじゃあ殺れないか」
「舐めるなっ!! はあぁぁっ!!」
リオンも負けじと手にした剣から稲妻を走らせる。稲妻は大蛇のようにうねり、大地を黒く焦がしながらハルトへとその鎌首をもたげ牙を剥く。
だが、ハルトは風の刃で稲妻を切り裂き、霧散させ余裕の表情を浮かべる。
「だめだめ、そんなんじゃあ俺には届かなっ?!」
ハルトは余裕の言葉を最後まで言い終わることなく後ろへ跳ぶ。その瞬間、赤熱化した剣の一撃が振り下ろされる。
それは稲妻に遅れること数瞬、自らもハルトへと斬りかかっていったリオンだった。
“自在術式《マルチスキル》”で瞬間的に身体能力を強化しての一撃だったが、まだハルトには届かなかった。

「やるね、先輩」
「お前もな」

そう一言だけ交わすと、またお互いの刃を打ち合わせる。

――ガリガリガリガリ!!!

風と雷の力がぶつかり合い、何かを削るかのような音が荒野へと響き渡る。
ハルトがナイフを横薙ぎに繰り出すと、リオンが剣の腹で受け止める。
リオンが剣を勢いよく振り下ろすと、ハルトはナイフの峰で器用に受け流す。

――ガギィィィッン!!!
――ギャリギャリギャリッッ!!!

互いの得物をすり減らすかのようなぶつかり合いを繰り返す、リオンとハルト。
同じように闘う双方の顔には対照的な苦痛と愉悦が浮かんでいた。
「楽しいね! 先輩!」
歓喜の雄叫びと共にナイフによる刺突を繰り出すハルトに、
「ハルトォ! なぜだ! なぜ、僕を裏切った!?」
内に秘めた疑問を怒号と共に放ち、一撃、一撃を切り払うリオン。


だが、それを聞いたハルトは突然手を止め、つまらなそうな顔をしてこちらを見据える。
その顔には、失望の色が浮かんでいた。
「なんだよ、それ。そんなことを聞くつもりだったわけ?」
「当たり前だ。お前たちが僕を裏切ったからこんなことになっているんだろう!」
リオンはハルトの態度に苛立ちをぶつける。
だが、ハルトはもう完全に戦意を失くしていたようだった。
「もういいよ。そんなつまんない話なんかしたくないね」
「ふざけるな!!」
リオンは怒りの咆哮と共に、稲妻の一撃をハルトへと放つ。
しかし、渾身のそれはハルトの投げやりなナイフの一振であっさりとかき消された。


「はぁ……」
ため息を吐きハルトはリオンの後ろに回り込むとナイフを首元に当てる。
「甘いんだよ、先輩。そういうところは全然変わってないね」
「そうだな、そうかもしれない……でも、お前のそのおしゃべりなところも変わってないなっ!!」
叫びと共に足元から雷を迸らせ、自分ごとハルトへの攻撃を仕掛けるリオン。
流石にそこまでしてくるとは思わなかったのか、反応が遅れそのまま直撃を受けるハルト。
「ぐっあああああああ!!!!!」
初めて、苦痛の叫びを上げふらつきながらもリオンから距離を取る。
だが、リオンも少なくないダメージを負っていて、互いに肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……まさか、自爆覚悟で攻めてくるとはね……」
「ぐっ……うぅ……さあ、話してもらうぞハルト。なぜあの時、僕を裏切ったんだ」
ハルトは不満そうな目を向けているが、リオンにとっては絶対に知らなければならないことだった。
顔を合わせた直後は怒りで我を忘れたが、そのために旅を始めたようなものだ。
「答える気はないよ」
一言だけ吐き捨てるように呟くと、再びナイフを構えるハルト。
リオンも剣を構え、ハルトを睨み据える。回復術式を使っていたおかげで体も少しは動くようになっていた。

ーーガゥオオオオオオオオ!!!!!

互いに動き出そうとしたその刹那、二人だけのはずの荒野に爆音が響き渡る。
「はああああ!!」
爆音とともに叫びをあげながら、金属馬に乗ったエアリアが手にした剣をハルトへと斬りつける。
だが、ハルトはそれを軽くかわし舌打ちをする。
「チッ、その起動車《バイク》、王国の騎士様か」
「この地での狼藉は私が許さん!!」
“起動車《バイク》”、と呼ばれた金属馬を巧みに操り猛攻を繰り出すエアリア、だがハルトはそれをいなしながら空へと飛び上がった。
その背中に翼を広げ、太陽を遮りながらリオンへと告げる。
「せっかくだけど、時間切れだね先輩。また会えるのを楽しみにしてるよ。じゃあね」
「待てっ!」

だが、リオンの制止も聞かずにハルトは疾風の矢となって空の彼方へと消えていった。
リオンは、苦々しげにハルトの消えていった虚空を睨んでいた。