15話 リオン、その胸の内

残ったワイバーンたちはリオンの放った魔術に恐れをなしたのか、散り散りになって逃げていった。
空の彼方へと消えていくワイバーンたちの姿を確認すると、リオンは仰向けに倒れこみ一息ついた。
「ふぅう~~」
「リオン! 大丈夫か!?」
そうしていると下から心配そうな声で呼ぶ声が聞こえた。エアリアが“貨物起動車《カーゴバイク》”から降りてこちらを見ている。
リオンは屋根から飛び降りるとニッコリと笑って答えた
「はい、大丈夫です。とりあえず当座の心配はなさそうですね」
「全く、助かったのは事実だがあんまり危険なことはしないでくれよ」
エアリアは呆れたようにリオンへ言って、またエンジンをかける。特に大きなダメージを負ったわけではないのでそのままスムーズに走り出した。


「しかし、あのワイバーンどもはどこからやって来たんだろうな」
エアリアが何気なく口にした疑問、確かにあの魔物たちはガランの方向からやって来た。しかも最初は一匹のように見えたのにいきなり大量に増えたのは明らかに魔術によるものだった。
だが、魔物は魔族とは違い魔術は使うことが出来ない。今回のような空間転移のような高位の魔術は魔族でも指折りの実力者でもなければ使えないだろう。
となると、答えは必然的に限られてくる。
「おそらくは、ハルトのいた場所が刻印になって送り込まれたものでしょうね」
リオンには、心当たりがあった。いや、おそらくは敢えて分かりやすい手法で、追手を送り込んだのだろう。
あれだけ大規模の空間転移が行える術者、それはマリーベートをおいて他にない。わざわざリオンが気づきやすいようにするなんて彼女らしいやり方でもあった。
(マリーベートなら恐らくはもう追手はないだろう)
本気でこちらを潰す気なら、マリーベートは自分で出向いて来る。千年前も重要なことは自分の手で行っていたことを思い出しながら、これは彼女なりの単なる悪戯だろうとリオンは考えていた。


黙りこくって険しい顔をしているリオンへ向けてエアリアは聞いた。
「そういえばさっき、魔術を使う際に何か叫んでいたな。あれはなんだい?」
リオンは窓のへりに頬杖をつき、外を眺めながら答える。
「ああ、あれは使う魔術に自分なりの名前を付けるんです」
その答えにエアリアはキョトンとする。魔術に名前を付けるなんて聞いたこともないし考えたこともなかった。だから聞く。
「何のために?」
リオンは、何かを反芻するように目を瞑り口を開いた。
「名前を付けて叫ぶことで気合を入れるんです。そうして弱気な心を奮い立たせて勇気を出す。 昔、知り合いがやっていてのを真似たんです」
そう、思い返していたのは“勇者”が、かつて行っていた行為だった。自身の魔術に名前を付け、叫ぶことで自らを鼓舞する。
最初はリオンも疑問に思ったが、理由を聞いてからはいつしかまねをするようになっていた。そもそも、彼が今現在使っている雷の魔術も元は“勇者”が使っていたものを、使いやすいようにアレンジを加えたものだった。
裏切られた、と頭では理解していても心のどこかでまだ、繋がりを求めてしまう。


そんなリオンの思いには気づくことはなく、感心したようにエアリアは頷いている。
「なるほどな、それはなかなかいい考えだな」
リオンはエアリアに微笑みかけると、また視線を外に戻す。広い荒野を土埃を上げて疾走する車体から見る景色はなんだか先ほどとは違って見えた。
それは、“勇者”のことをまた思い出して感傷的になっているのか、はたまたあれだけの魔術を使っても消耗した、と言えるほど魔力の減りを感じない“自在術式《マルチスキル》”に恐怖を感じたからなのか、リオンには判別がつかなかった。