33話 目的と裏切りと

小さな部屋の椅子に腰掛けた町長と名乗る初老の男性は、二人を向かいの椅子へ案内すると口を開いた。
「この度は、あの実験体を退治していただきありがとうございます」
そう言って町長は深く頭を下げる。
「いや、これも王国を護る騎士の務めだ。 それより、あの実験体とは何なんだ?」
エアリアは王都の報告用なのか、魔道通信機《シェアガジェット》を取り出し町長の話を記録している。
「私どもも詳しくは聞かされていないのですが、魔道鋼《エナメタル》で色々試そうとしていたようです」
「あれはその一環だと?」
「ええ、恐らくは」
二人の会話を聞いてリオンは一人納得していた。
(……新しい物好きのマリーベートらしいな)


千年前もマリーベートは旅の中で、自身の役に立ちそうな新しい物で実験を行っていた。
今回もそれと同じであろう。
魔力を鋳込めた金属などまさしくマリーベートが飛びつきそうな代物だった。
だが、それよりリオンが気になったのはその後の二人の会話だった。
「それにしても奴らはどこで魔道鋼《エナメタル》を入手したんだ?」
「それが、どうやらクウド商業連合国との裏取引らしいんです」
「何だって!?」
思わず叫んだリオンに二人は驚いたように顔を向ける。
「あ……いや、すみません」
そう言いながらもリオンは内心落ち着かなかった。


魔族が人間と通じている。
確かに、今の魔王は元人間である。
それを考えれば取引などを行うこと自体は理解できなくもない。
だが、魔族の目的は人間の殲滅とそれによる世界支配だったはずである。
それに、魔族全体の能力を考えれば力押しでも十分なはずである。
それこそ“勇者”といった例外でもいない限りは。
そもそも“勇者”であっても魔族との全面戦争で勝ち目があるわけがなかった。
だからこそ少ない人数での魔王討伐の一点突破に掛けたのだ。
なのでそう言った例外が存在しない今、わざわざ非力な人間と取引をする理由などないはずである。


「くっ、魔族と内通するなどクウドの老人どもめ……」
机に拳を叩きつけ吐き捨てるエアリア。
だがその口調からは信じられない、というよりもやっぱり、といったニュアンスが感じられた。
「あんまり驚いてはいないんですね」
それが気になってしまい、つい聞いてしまった。
「ん? ああ、あの国は金がすべてだし、何より首長連が一枚岩ではないからな」
そう答えながら魔道通信機《シェアガジェット》を操作し王都への報告を送る為の通信を始める。
「……私だ、……ああ、そうだ……データを……うん……クウドへ……」
悲しい、と率直に思った。
人が平気で裏切ることもそうだが、それを受け入れていることも悲しかった。
淡々と報告を進めるエアリアの背中を複雑な思いでリオンは見つめることしかできなかった。


「さて町長、私たちはこれからクウドへ向かうがその前に、未だ洗脳されている人々を助けていきたいが」
報告を終え、魔道通信機《シェアガジェット》をしまいながら振り返る。
「大変ありがたいですが、どうやって洗脳を解けばいいか私たちではとても……」
(まぁ、無理もないだろうな……)
申し訳なさそうに縮こまる町長を見てリオンは思う。
魔道師として並び立つ者無しと謳われたマリーベートの魔術を一般人が解けるはずはなかった。
「僕が観てみましょう」
なので、そう言いながら杖を出現させた。
共に長い旅を続けた元仲間、そのクセや特徴もよく分かっていた。


(……ふぅん、やっぱり千年前とそうは変わらない、か……)
未だに黙々と作業を行わされている人たちを調べながら、マリーベートの変わらない魔術のクセにどこか懐かしさを覚えてしまった。
「リオン、大丈夫そうか?」
エアリアが心配そうに声を掛ける。
町長も不安げな顔で様子を伺っている。
「ええ、この術式なら僕でも解術できます、が……」
リオンはそこで言葉を切った。
解術できるはできるが一つだけ問題があった。
「人数が多すぎますね……一人ずつでは時間がかかりすぎます……」
そう、洗脳されている人たちは全部で百二十人を超えていた。
使われている魔術から見て、一人当たり二十分くらいはかかりそうだった。
「そうか……ううむ、どうすれば……」
それを聞いて悩むエアリアを見て、リオンの頭に一つのアイデアが閃いた。

「エアリアさん、ちょっと協力してもらえますか?」