36話 闇の喰い合い part2

死の匂いを纏う疾風の刃をハルトは敢えてその場を動かず受け止めた。
「ぐっぅああ!!」
刃は右肩に深々と突き刺さり、青白い鮮血を吹き上げる。
「あらぁ、よく我慢したじゃなぁい」
マリーベートは受け止めたことではなく避けたのが意外といった顔をする。
「言ったろ、その嫌味な性格直せって」
今の攻撃は避ければ首を切断されていた。


死か、特大のダメージかの二択を迫るマリーベートのやり方に辟易しながらも立ち上がり、浅くはない肩の傷に回復魔術を施す。
「ふふ、そんな申し訳程度の術式で追いつくかしらぁ?」
攻勢の手を緩めることなくマリーベートは疾風の刃を連続して放つ。
そのうえ、その大多数をキッチリと使い物にならない右方向へ飛ばす手抜かりのなさであった。
「チッ!!」
ハルトは舌打ちとともに足から風を勢いよく噴き出し上へと逃げる、いや逃がされたと言った方が的確か。
「次はどうするのかしらぁ」
あらかじめ背後に出現させていた疾風の矢を、追い立てたハルトへと撃ち放つ。
矢は螺旋の尾を引き、ハルトの胸元へと吸い込まれていく。
ズバンッ!!!という轟音が響き渡りハルトの体が床を転がる。
「がっ……はっ……」


「さっきとは状況が逆転しちゃったわねぇ、ハルト?」
息をするのもやっとのハルトの顔を踏みつけ悦に入ったようにマリーベートは語り掛ける、手にした杖は頭へと向けたまま。
「…………」
ハルトはもはや言葉を発しようともしない。
「もう、ギブアップ? つまらないわ……え?」
ピクリとも反応しないハルトに一瞬気を抜いた刹那、左肩から青白い鮮血が噴き出した。
マリーベートはすぐさま目の前に転がるハルトから距離を取り傷の具合を確かめようとした。
「それを許すと思うか?」
だが、それはかなわず目の前に迫る凶刃から間一髪で逃れる。
「ちょっと面倒ね……」
幾筋も向かってくる烈風の螺旋を防御術式で防ぎながら呟く。
自らのケガを押してでも攻めてくるのはマリーベートにとっては少々意外だった。
だからといってここで退く理由にはなり得ないが。


「悪いけど、もう終わりにさせてもらうわ」
「そのまま返すぜ、そのセリフ……」
二人はそれぞれの獲物に魔力を込め、相手を睨み据える。
次の一撃が終わりの一撃になるであろうことが互いに分かっていた。
二人が同じタイミングで踏み出し攻撃が放たれる、その刹那――

「……そこまでにしてもらうぞ」

突如現れた闖入者によってその攻撃は防がれ、二人はその余波を受け吹き飛ばされた。
「ぐわっ!?」
「きゃああっ!?」
壁に叩きつけられた二人が見たのは、呆れ果てた顔をしたドラガンだった。
「貴様ら一体何をやっているつもりだ……」
明らかな失望の色を浮かべながらドラガンは尋ねる。
「邪魔をするなぁぁっ!!」
それには答えず、ハルトは目の前の邪魔者を排除せんとナイフを突き出す、が
「バカが……」
ドガァン!!!と猛烈な音を上げ、ハルトは床にたたきつけられた。
あまりの衝撃に床にヒビも走っていた。
「かっ……あっ……」
その一撃で意識を奪われ、ハルトは動かなくなった。


「お前はどうする?」
聞かれ、マリーベートは両手を上げ降参の意を示す。
「あなたとやり合うつもりはないわぁ」
「ならば、下らん諍いは……おい」
ドラガンの苦言を聞くことなく、マリーベートは転移術式を使う。
「お説教なんて聞くつもりはないわよぉ、私忙しいから、それじゃね」
「チッ」
軽口を叩きながら消えたマリーベートに舌打ちをしながらも、ハルトに目をやると
「あいつもか……」
いつの間にか目を覚ましたハルトもいずこかへ消えていた。
協調性の皆無な二人に嘆息しながら独りごちる。

「……リオン……お前ならどうしただろうな……」