38話 誤りの諍い

――「あまりジロジロ見るなよ」
そう言われたリオンは視線を街の雑踏の中に戻す。
大きな店舗が軒を連ね眩い光に照らされた客引きの声が響く中、一際大きな声が耳に届いた。
「や、やめてくださいっス!! ここを追い出されたら商売が出来ないっス!」
聞こえてきたのは少女の声だった。
リオンがその方向に目を向けると、大きなカバンを背負った少女がサングラスをかけた大柄な男たちに自分の商売道具だろうか、路上に広げられた様々な道具を撤去されそうになっていた。


「ふざけんな! てめぇはここで商売をする権利券を買ってねぇだろ!」
「そ、それは……でもここでの売り上げで払うっス! それでどうか一つ……」
少女は何度も頭を下げ食い下がるが、男たちはそれに構おうとはせず撤去する手を休めようともしない。
「権利券を最初に買えねぇってことはそもそも売り上げが見込めねぇんだろ? そんな奴に目こぼしなんかするか!」
痛いところを突かれたといった顔をしながらも、少女はまだあきらめようとはしていない。
「うぐ……い、いや今日の商品は違うんスよ! 絶対売れるっスから!!」
「いい加減にしろ!! ルールはルールだ、例外はない!」
いつまでも食い下がる少女に、いい加減我慢の限界が来たのか言い合いをしていたリーダー格の男が手を振り上げた。


「おい!その娘嫌がっているじゃないか、やめろよ」
だが、振り上げられた手はリオンの言葉とともに遮られた。
不意に手首をつかまれた男は怪訝な顔をしながら向き直る。
「あぁ? なんだてめぇ、無関係の奴は引っ込んでろ」
イラついた男の怒声が通りに響き渡った。
その騒ぎに、今まで無視を決め込んでいた住人達も足を止め遠巻きに眺めている。
「そういう訳にいくか、その娘にだって生活があるんだ少しくらい見逃してやったらどうだ」
だが、男はいきなり現れた部外者に少し言われたくらいで考えを変えるようなことはなかった。
そもそも、それで変えるようなら騒ぎになどなっていないだろう。
「ふざけんな!! どんな理由があろうと金がねぇんならこの町で生きる資格はねぇんだよ!!」
その言葉にリオンもカッとなって胸倉をつかんで詰め寄る。
「なんだと!? 金がなければ死ね、だなんて本気で言っているのか!」
「それがこの街でのルールだ! それもわかってねぇならとっとと失せろ!!」
もうそこからは単なる罵りあいだった。
売り言葉に買い言葉、平行線の怒声の応酬を繰り広げるだけだった。


「あの……どうか、落ち着いて……ウチは大丈夫っスから……」
「兄貴、あんまり熱くならずに……」
少女はおろか、撤去作業を主に行っていた男たちも二人の言い争いにオロオロして止めようとしている。
「世間知らずのガキが! 甘ぇことばっかりほざいてんじゃねぇ!!」
ついに男が拳を振り上げリオンに殴りかかろうとしてきた。
だが、その拳は横から伸びてきた手によって再び遮られた。


「悪いがそこまでにしてもらおう」
つかんだ腕を強制的に降ろさせながら、エアリアが言った。
「く……な、なんだあんたは?」
「その少年のツレだ、迷惑をかけたことは謝るからここは引いてくれないか?」
そう言ってエアリアは深々と頭を下げた。
それを見て、男もそれ以上騒ぎを大きくしようとは思わなかったのか素直に引き下がった。
「ああ、こっちも別にケンカがしたいわけじゃあないしな」
そう言って取り巻きの男たちと共にどこかへ去って行った。
去り際にリーダー格の男が振り返り、
「商売をするんなら権利券をちゃんと買うんだな」
それだけ言って雑踏の中に紛れて見えなくなった。


「……すみません、エアリアさん……」
そう言ってリオンはバツが悪そうに頭を下げる。
目の前で女の子が困っていたからといって、ここまでの騒ぎにしてしまったのは完全にミスだった。
こちらはなるべく目立たないようにしなければならないのに、この体たらくでは先が思いやられてしまう。
「はぁ……まぁ、気持ちも分かるからあまり言わないがなるべく気を付けてくれ」
そう言いながらエアリアは原因となった少女へ目を向けた。
「君も大丈夫だったか?」
撤去された商売道具をカバンにしまいながら少女は答えた。

「はい、ありがとうございまシた。 ウチはカレン、見ての通りの商人っス」