41話 エアリアの機転

声の主は先ほどのサングラスの男だった。
その顔には明らかな苛立ちの色が見え、声に怒りの感情を乗せながらリオンとカレンの二人へ詰め寄る。
「おい、俺はここで商売をしろと言ったか?」
「僕が商品を欲しいと言ったんだ、なんの問題があるんだ」
萎縮しきっているカレンを後ろ手にかばいながら、リオンは反論をする。
「ふざけんな! さっきも言ったように商売をするなら権利券を購入するのがここのルールだ!」
「その券とやらを買うための資金作りのためだ!そんなことも分からないのか?」
またも言い合いになる二人を見て、カレンは慌てて宥める。
「ふ、二人とも落ち着いて欲しいっス……」


だが、互いに譲ろうとしない二人がついに殴り合いへと発展しそうになったそのときだった。
「……これがあれば文句はないんだろう?」
男の眼前に差し出されたそれは、この街で発行されている商売の権利券その一日券だった。
「あ、あんた……」
「確か、券の譲渡に関しては問題もなかったはずだが?」
券を見つめ押し黙った男にエアリアはさらに重ねた。
手にした券をカレンに握らせながら。
「あ、あのこれ……」
「こうなると思って今買ってきたんだ、これで商売をするといい」


大事そうに券を握りしめるカレンを見て、男は軽く舌打ちをしながらも踵を返した。
「ふん、券があるなら言うことはねぇ、好きなだけ稼ぐといいさ」
捨て台詞を吐きながら去って行く男の背中を見ながら、エアリアは言った。
「まったく、さっきも言ったろう? 考えなしに行動するなと」
その口調は先ほどよりトゲがあった。
ほとんど間を置かずに、再びイザコザを起こしたのだから当然といえば当然だが。
「う……すみません」
リオンは自分の浅慮さを反省し頭を下げる。
「しかし君は思ったよりも熱くなりやすいんだな」
エアリアにそういわれリオンは首をかしげる。
(……そうなのかな?)
千年前には先走りやすいハルトを諫めることが多かったのであまり実感はなかったが、思い返すと旅に出る前はそうだったようにも思えた。


「……あの、ホントにこれをもらってもいいんスか?」
話す二人にカレンがおずおずといった感じに聞く。
「構わないよ、こうでもしないと、先に進めなそうだしね」
意地の悪い笑みを浮かべながら、エアリアが答える。
その言葉にリオンは乾いた笑いを漏らす。
今回に限ってはリオンが完全に悪いので文句も言えないが。
カレンはそれに気づかず、商売の準備を始めていた。
背中の大きなカバンからシートを広げ、先ほどの商品を並べていく。
その翡翠色の双眸には歓喜の色が浮かんでいた。


「今日はホントにありがとうございまシた、お礼って訳じゃないスけどそれは差し上げまス」
支度を終え、カレンはリオンが手にしたままの魔力保持筒《マナコンデンサ》の料金を受け取ることはしなかった。
「いいのかい?」
「ええ、これをもらったんスからそれくらいは当然っス」
そう言って、カバンに結わえ付けられた権利券を指さす。
「じゃあ、私たちはそろそろ行こうか」
エアリアはそう言ってリオンを促す。
この後向かう場所もなかなか決めあぐねている状況だが、ここで二の足を踏み続けるわけにも行かなかった。
「そうですね、じゃあ僕たちはこれで」
リオンもその言葉に頷き、立ち去ろうとしたそのときだった。

「ちょっと待ってもらえるかな、お二人さん?」