ハイサディスティック・ヘヴィーヴァイオレンス

 声が聞こえた。
「お姉さん、どうしたの?」
 女の子の声だ。
「聞こえてる?おーい?」
 近付く足音。
「……せいっ」
「──|脛《すね》がっ!」
 痛い。脛を蹴られた。
「質問に答えてよ。で、さっきからボクを見てたけど、どうしたの?」

 私は普通の学生だ。年齢十七歳。恋人も友達もいない。周囲からはサイコパスと呼ばれている。
 今日も今日とて独りで歩いて帰るところだった。ふと公園を横目で見ると、幼い娘が一人、ブランコに座っていた。背が低い。小学生くらいだろう。無造作に伸びた髪とボロボロのパーカーが、環境の悪さを物語っていた。
 彼女を取り巻く大人びた雰囲気、達観したような雰囲気に、私の知性が、突如消えた。これが魅了された、というやつだろう。
「──で、今に|至《いた》る」
「ごめん全然わかんない。つまり、お姉さんは変態不審者ってこと?」
「別にそういうわけでは……」
 少女に睨まれる。酷い言いがかりだ。私はただ、孤立している大人しそうな女子小学生に声をかけてあわよくばお持ち帰りしようと思っただけで……。
「……そうなるな」
「うっわ」
 少女が一歩下がる。Gを見るような目で、こちらを睨む。
「お姉さん。人を拐う時は、誤魔化すことが大切なんだよ?」
 後ろ手を組んだ少女は、小さく首を振って教える。勉強になるが、少女が口に出す内容じゃないと思う。
「でも今回は正直者のお姉さんに免じて、付いていってあげる」
「だめだろ」
 私の制服の裾を摘まんで、あどけない笑顔を向けた。なんてことを言い出すのだこの少女は。理性が残っているうちに、立ち去って欲しい。
「ボクも、お姉さんに興味が湧いたの。連れてって」
「……だめだ」
 まずい。今すぐ持ち帰りたい。いや、それをやってしまっては、本当の変態不審者になってしまう。
 しかし、少女は追撃してきた。小首を傾げ、絞り出すように呟いた。
「…………ダメ?」
「────」


「お姉さん、一人暮らしなんだね」
 どうも。変態不審者に成り下がった私です。あれは仕方ない。不可抗力だ。
 公園の少女は、私のマンションの玄関に立っていた。
「奥行っていい?」
「どうぞ」
 靴を脱いで、四つん這いで入っていく。お尻が見えたが、なにか履いている様子はない。素肌にパーカーだけ着ているらしい。まったく、親の顔が見たいものだ。
「幽霊に気を付けなよー」
 少女に一応警告しておく。このマンションは事故物件というやつで、今まで三十人ほどが、様々な要因で死んだらしい。私が祟られようが、私の知ったことではないが。
 私も靴を脱いで、部屋に上がる。少女は台所にいた。

「ねぇお姉さん。ちょっと、|楽《・》|し《・》|い《・》|こ《・》|と《・》、しない?」

 後ろ手を組んだ少女が振り向き、|妖《あや》しい笑顔を見せた。深淵を覗き込むような、少しの恐怖と、莫大な期待を混ぜたような暗黒の瞳。
 ゾクリ。背筋が震えた。恐怖の悪寒ではない、別のなにか。奇妙な、悦びに通ずる震え。
「へぇ、何をするの?」
 私も咄嗟に手を後ろに組む。この感情を|覚《さと》られないように、優しい笑顔を貼り付ける。
「|コ《・》|レ《・》。包丁だね。コレで遊ぶの」
 背中から、一振の包丁を取り出した。台所にあった私の包丁。
 まずい。ゾクゾクと、期待に近い、暗い感情が沸き上がる。
 少女は、その包丁を。両手で、自身の首に突きつけた。
「えへへ、人前だと緊張しちゃうな」
「おい、待て……!」
 そして少女は。その包丁を。躊躇いなく。

 自らの喉に押し込んだ。

 ズブ、グチャァ。
 あまりに呆気なく収まる刃。刺さったところから血が零れる。どくどくと、少女の鼓動に合わせて。
「びっくりした?なんて、お姉さんの目的は分かってたんだけどね」
 刺さった包丁を抜きながら、快楽の笑みを浮かべる少女。目が語っている。少女の、内に秘めた狂気を。
「ボクは、不死身の化け物だ。お姉さんは直感で気付いていたんだよね。死なないボクに、魅力を感じた。そうでしょ?」
 裂かれた首は、ゆっくりと癒着してゆく。少女が一歩、足を前に出す。
「ボクも、渇望していた。真の狂気を秘める人を。こんなボクを、心の底から愛して、いたぶって、殺してくれる人間を」
 流血が止まった。少女が包丁を差し出す。
「ボクなら、お姉さんの秘めた狂気を、受け入れることができる。ボクをどうするかは、お姉さんの自由だよ?」
 
 ドクリ。心臓が脈打つ。ドクリ。胸の内が、奥底が|疼《うず》く。ドクリ。包丁を手に取る。ドクリ。理性が。ドクリ。飛ぶ。ドクリ。ドクリ。ドクリ。

 ドクリ。

「──ありがとう。私のために、死んで?」

 ドスッ。
 正面から押し倒し、馬乗りになって少女の心臓を貫く。重く、柔らかい感触が手に伝わる。かつてない躍動感。これが、|人《・》|を《・》|殺《・》|す《・》|快《・》|楽《・》か。
「んん……、感じるよ……!お姉さんの狂喜が、ボクに注がれてる……!」
 目の前には、苦悶の表情を浮かべる少女の顔。溢れる血の熱さで分かる。この少女も、押し寄せる快楽の波をこらえている。
 もっと。もっと、この少女を殺してあげたい。殺したい。刃を引き抜き、両手で握る。少女の胸から一層血が溢れた。
「もう一回……」
 グシュ。同じ所を、もう一度刺す。今度は肉が潰れる感触。
「んっ……♡」
 殺人の快楽と、心臓をぐちゃぐちゃにする背徳感と、嬌声をあげる少女への敬愛。脳内がかき回されるような感覚。
 何度も、何度も。本能に身を委ね、少女を刺す。
「んっ♡あっ♡それっ♡すごい♡」
 刃を落とすたびに、少女の身体が跳ねる。それがまた、愛おしくて。堪えられなくて。
「ごぽっ……。はぁ、はぁ……、お、お姉さん?」
 私は静かに立ち去った。吐血する少女が声を漏らす。
「大丈夫。すぐ戻る」
 一声かけて、自室へ向かう。この前|ア《・》|レ《・》を購入しておいて良かった。もしもに備えたものだったが、ある意味、今がその時だろう。
 引きだしを開け、|ア《・》|レ《・》を取りだす。

「おかえりお姉さん。ボクは回復できたけど、なにしてたの?」
 台所に戻ると、血塗られた少女は寝たまま話しかけてきた。もう胸の傷は塞がっている。
 私はそれを無視して、少女に|跨《また》がり。大きく振りかぶって、殴りかかった。

「ごめんね。胸の高鳴りが収まらないの。私の気持ち、受け止めて?」
 
 ゴッ。振るわれた金槌が、少女の頭蓋を砕く鈍い音を立てる。
「んぎいっ!?」
 耳をつんざくような、少女の悲鳴。間髪入れず、少女の頭にドライバーをぶちこむ。
 ぐちゃり。柔らかい脳に、金属棒が突き刺さった。
「あっあっあっ!?」 
「気持ちいい?ねぇ?気持ちいい?」
 そのままドライバーで、少女の脳髄をかき混ぜる。グチュグチュと脳が崩れる感触が、私の手に襲いかかる。
「おねえさっ!ダメぇ!おおおかしくなっちゃう!ボクおかしくなりゅ!」
 少女が涎を垂らして喘ぐ。その表情がたまらなくて。ドライバーを奥まで突っ込み、さらにぐちゃぐちゃにかき回す。
 私の顔は、醜く歪んでいるだろう。気持ちいい。止められない。彼女が、殺したいほど愛おしい。愛おしいほど殺したい。
「アハハハハハ!」
 グチュグチュ、グチュグチュ。ドライバーを動かし続ける。それでもまだ、私の愛には足りなくて。
「……次は、目、潰すね♡」
「あぐぁ!?」
 ブチュリ。左手の人差し指を、少女の左眼球に挿れる。ゼリー状のガラス体が、血と混ざって暖かい。
「おねえさんのの指がああ♡おめめきもちいいいい♡」
 人差し指が網膜に接触。爪で削るように撫でてあげると、少女がびくびくと痙攣した。すでに精神が壊れかけている。もっともっと壊してあげないと。
 指を引き抜き、口に含む。しょっぱくて、甘い。これが、少女の眼球の味。もっと少女を取り込みたい。
「もっと激しく……♡」
 私は立ち上がる。右足を挙げ、少女の腹部を力いっぱい踏みつけた。
「へぐぅっ!?」
 ボッ。腸が破裂した生々しい感触が、足裏から伝わってくる。
「死ねっ♡死ねっ♡何度でも♡」
「ああああ♡」
 立て続けに踏みつける。体重を掛けるたび、少女の腰椎が砕ける。腰が抜けるとはこの事か。
 そろそろ仕上げといこう。私は付近に落ちていた包丁を手にした。少女の潰れた身体に跨がり、両手で包丁を構える。
「げぼっ!……おねえさん♡とびきりきもちーの、ちょおだい♡」
 全身ボロボロで、脳が文字通りぐちゃぐちゃの少女は、天国の絶頂にいるようなトロ顔で懇願する。私は、最高の笑顔で応えてあげる。

「──死ね♡」

 グシュッ。私は、少女の心臓を再度貫く。臓器としての滑らかさと、筋肉としての弾力を感じる。
「あ……っ♡」
 嬌声をあげる少女の胸から包丁を引き抜き。その胸を金槌で殴り壊して。
「もっと貴方を感じたい♡」

 右腕を裂け目に侵入させた。

「やっ──ひんっ♡」
 砕けた肋骨と、血で膨張した肺を巻き込んで。ぐちゃぐちゃと、素手でかき回す。少女の熱い血が、肌に直接伝わってくる。心地いい。とても心地いい。
「ああああああ♡つながってるううう♡ボクおねえさんをかんじるううう♡すっっごいひいい♡」
「アッハハハハハ!ほらほら♡もっと啼けよ♡愛しい貴方♡」
 |愉《たの》しい。愉しい。愉しい。
 臓器を握り潰す。そのたびに少女が嬌声をあげる。もっと。もっと。少女を感じたい。

「──いただきます♡」

 少女の胸に顔を近付け、血肉臓物を|啜《すす》る。私の|体内《なか》に、少女が入ってくる。
「ひにゃああああ♡おねぇさんにいいい♡おねえさんのなかにぃボクがあああんん♡」
 じゅるじゅると、音を立てる。美味しい。未知の味だ。これが人間の、いや、少女の味か。甘い。美味しい。
「んぐ……ぷはぁ。ごちそうさま♡」
「ふへ♡ふへへへ♡」
 

 ……やりすぎた。
 あの後、壊れきった少女は気絶し、満ち足りた私は眠ってしまった。
 室内は血生臭い、いい香りが充満していた。血の池はすでに乾いて固まった。
 気絶した少女は、すでにほとんどの再生を終えている。少女の頭に突き刺さったドライバーを、そっと引き抜いた。
 ドライバーに付いた|脳漿《のうしょう》を舐める。やっぱり、甘かった。
「んん……。おねえしゃん……、ここだよ……」
 寝言で私を呼ぶ少女。……この少女に親はいるのだろうか。出来れば、ずっと一緒にいたい。
 きっと、少女を満たしてくれる人間は私だけで、私を満たしてくれる人間も少女だけだと思う。
 少女の血で汚れた髪を撫でて呟いた。
「──貴方はどう思う?」
「その通りじゃないかな、お姉さん!」
 いきなり少女が目を開いた。てっきり寝ているものだと思っていた。驚いた。
「お姉さん。|共《・》|依《・》|存《・》って知ってる?お互いを支え合う関係。ボクたちにお似合いの関係だと思わない?」
「……私が言ったことだけど」
 さてはテキトーに答えたな。撫でた時に起きたのかもしれない。
「それより、家に帰らなくていいの?」
「うん。ボクには帰る家がないからね」
 やはり。この少女は、世間からすると化け物だ。きっと周囲からの迫害も多かったのだろう。私を受け入れる人が、親でさえいなかったように。
 きっと、少女に出会えたことは、運命だろう。
「なら、今日は泊まっていきなよ」
「うん」
「……できれば明日も」
「……うん!」

 この関係は、誰にも理解されないだろう。はたから見れば、私はただの殺人鬼だ。
 それでも。こんな狂った私を受け入れてくれる人間を、狂った私を愛してくれる少女を。私は全力で愛したい。



『──ただいま』
『お帰りお姉さん!』
『……今日は、電動ドリル、買ってきちゃった』
『うっわ、また高そうなもの買ったね……』