硫化水素 

 世界は「間違った言葉たち」に黒を上塗りするようになった。
 言動規制委員会という存在は俺らの青春を邪魔するようになった。
 そこで少しだけお茶目な俺らは考えた。

 ――犯罪行為に手を染めてしまおう!

 そして俺は親に縁を切ってもらった(快活)
 復縁だかなんだかの書類は破り捨てた!
 えへへ! やっちまったぜ!(大失態)
 まあ大丈夫か。現代2040年はもはやユートピアの皮をかぶったディストピアだからね。何とかなるなるア●ル。あ、ちなみに俺の名前は|王彦《きみひこ》。オッスオッス!
「本当にやりやがったか」
「やっちまったぜ。所要時間、五時間足らずで親と兄弟をロストだ」
 友人の|柴田《しばた》、|斎藤《さいとう》、|浜崎《はまざき》は苦笑いをしていた。
 まあ、どうせ血は繋がってないし。
「そういうところしっかりしてない日本は駄目な国だな」
「まあ、俺らもう19だし」
「|現代日本《ネクスト》じゃァ常識なんてねェんだよ」
「言動規制はあるのにか! はあ! まるでパエリアだな!」
 んでもってまず最初に何するかって話になって、取り敢えず東京から出るかってなった。
 東京にいたってうんこみたいに扱われるだけだからね、孤児院出身どもは。
「そういや最近|超獣《ラミ》とか出てねぇな」
「あ~確かに」
「警察が頑張ってくれたのかしら」
「超獣駆除協会なんだよなあ」
「そうそれ。お前頭いいなァ……」
 超獣ってのは、その昔、宇宙に放り出された大量の実験動物たちがセッ●スしてできた子孫のことで、勿論宇宙空間に適応するための身体を持っているわけで、なんて言うんだろうな、わからんけど、とりあえずすげぇ動物ってこと。
 ラミっていうのは、もうすでに死んじまった超獣の第一発見者、|神野《かんの》|良美《らみ》からとられているらしい。死んだくせして化け物に名前使われてんのカワイソウしすぎて泣く。
「東京出たらどこ行く」
「クソボケうんこ田舎がいいな」
「宮城しかねぇのよそれだと」
「じゃあ、超絶優良最高田舎」
「岩手だな」
「決定だ」
「岩手までの道のり、車だと10時間」
「電車は?」
「金ないだろ」
「どっかで車パクるか」

 ◆

「それで、わざわざパトカーを狙ってくれたと」
「「「だって|岡野《あのバカ》が」」」
「じ、じつは先ほど迄の話は嘘でして、ほんとうは高校の頃の担任の先生にそれをしなきゃ犯すって脅されて仕方なくやらされましたごめんなさい」
 嘘は大事。はっきりわかんだね。
「それは本当かい?」
「本当ですよ! 本当も本当……俺がそんな嘘吐くように見えますか!? 勇気出して言ったのに」
 ウソ泣きも大事。「小学校と中学校の必修科目にしろ」ってなくらい大事。
「今連絡を取るので、そこで待っていなさい」
「「「わかりました」」」
「……」
 演技は最後まで気を抜くな。
「――まあ、君のは嘘だということはわかった」
「あちゃ~。マジっすか」
 うっひゃ、知ってた。
「だが、事実、そういう行為をしていた、またはしているというのもわかった」
 うっひゃ、知ってる。
「まあ、君の先生の話はあとだ。君たち、パトカー盗んでどこに行こうとしていた」
「岩手っすね~。東京から出てぇんですわ」
「ほぉ! 岩手! 岩手はいいねぇ! |超獣《ラミ》駆除協会の岩手支部は本部と並んで設備が充実しているしね!」
「北上でしたっけ」
「ううん、盛岡」
「いや笑う。かすりもしてねぇじゃねぇか。柴田お前学校でなに学んできたんだよ」
 浜崎が馬鹿みたいに笑ってる。
「あんま人の教養馬鹿にすんなって。同じ過程を持って育ってんだから俺たち全員」
「せやで」
「すまんな」
「ええんやで」
 警官が「フム……」とつぶやいてから、俺達をひとりずつ覗き込んでから呟く。
「君等はその素質がありそうだね」
「「「「 ? ? ? ? 」」」」
「|超獣駆除能力《E.X.P》」
 Eは確か「エクスターミネイション」で、Xは確か「エックスファクター」で、Pは確か「プレゼンス」だったかな? 授業とか飛ばし飛ばしにしか聞いてなかったからあんま憶えてないわ。
「金が無くてパトカーを盗もうとしたんだろう?」
「っすね」
 俺は正直に答えた。
「それじゃあ、資格を取って、超獣駆除で生計を立ててみてはいかが? 超獣から採取される素材を売ったりしてさ。それに、出張駆除業者っていうフウにすればいいと思うな、私は」
「え~……金ェねえっすもん」
「私が出して差し上げよう」
 何言ってんだこのおっさん。
「俺たちの『〇〇がない』は『やりたくない』ってことなんスよ」
 と斎藤が言った。
 まさにその通りなんだわ。こればかりは。
「つーか俺ェ日本に貢献するっていう性格じゃァないんすよね」
 と浜崎。
「俺も俺も」
 と斎藤。
「なんなんだ君たち」
「勉強ってあれっしょ? ほら、E.X.Pの属性とか見極めてェ……ラミ共の身体の構造を覚えてェ……こっちも身体鍛えてェ……ってのでしょ? 無理無理。そんなの、俺達の柄じゃないんすよね」
「随分と詳しく知ってるね」
「まあ、親が親なんで……んで、パトカーくれるんすか?」
「やるわけねェだろ。ほら、君たちはいわば犯罪者! 警察の言うことを聞く!」
 目の前に参考書が落とされた。
「なんで持ってるんすか? まさか目指してるとか? その歳でェ?」
「殺してェ……」
「まあいいや、暇だし読もうぜェ~」
「「「おォ~う」」」